鎌倉手帳(寺社散策)

二代執権北条義時

編集:yoritomo-japan.com







北条義時夫妻の墓
桜北条義時夫妻の墓
(伊豆の国市・北條寺)


 鎌倉幕府二代執権北条義時は、1163年(長寛元年)、伊豆国の豪族北条時政の次男として誕生。

 母は、伊東祐親の娘とも言われるが定かではない。

 姉の北条政子蛭ヶ小島に流されていた源頼朝と結婚したことで、頼朝の挙兵に従い、鎌倉幕府の創設に尽力。

 頼朝亡き後は、有力御家人を滅ぼして政所別当・侍所別当を兼務。

 源実朝が暗殺された後、朝廷との対立が激化し、後鳥羽上皇が義時追討の挙兵をすると、これを打ち破り、幕府主導の政治体制を確立した(承久の乱)。





 1177年(治承元年)頃

 姉の北条政子源頼朝と結婚。

蛭ヶ小島
桜頼朝と政子の像
(伊豆の国市・蛭ヶ小島)



〜1180年(治承4年)源頼朝挙兵〜

 8月17日

 頼朝が源氏再興の挙兵
 父時政とともに従うが、石橋山の戦いで大敗し、兄の宗時が討死した。

石橋山古戦場
桜石橋山古戦場
(小田原市)
北条宗時の墓
リンクボタン北条宗時の墓
(函南町)

源頼朝挙兵


 8月29日

 石橋山の大敗後の8月28日、頼朝が真鶴から安房へと船出。
 その前日、時政・義時父子も安房へと船出し、8月29日、平北群猟島で頼朝を出迎える。

真鶴・岩海岸
リンクボタン源頼朝船出の浜
(真鶴町)
源頼朝上陸地の碑
リンクボタン源頼朝上陸地
(鋸南町)


 9月8日

 時政・義時父子が甲斐国へ。
 甲斐国の源氏を引き連れて信濃国へ赴き、平家軍を攻めるため。

 リンクボタン頼朝の挙兵と甲斐源氏


 10月7日

 頼朝が鎌倉入りを果たす(10月6日とも)。

源頼朝鎌倉入り


 10月13日

 甲斐源氏と時政、義時父子が駿河国へ出発。


 10月20日

 富士川の戦い
 頼朝軍が平家軍を敗走させる。

平家越の碑(富士市)
リンクボタン平家越の碑
(富士市)



〜頼朝を鎌倉の主に推戴〜

 1180年(治承4年)12月12日、源頼朝は新亭に入御。

 時政・義時など御家人311人が御所に出仕し、頼朝を鎌倉の主に推戴。

 鎌倉には頼朝の御所が完成しただけでなく、御家人の宿館も構えられ、武家の都が誕生した。

 リンクボタン新亭完成・武家の都の誕生





 1181年(治承5年)4月7日

 北条義時・下河辺行平・結城朝光・和田義茂・梶原景季・宇佐美実政・榛谷重朝・葛西清重・三浦義連・千葉胤正・八田知重の11名が頼朝の寝所警護の役に。


 1182年(寿永元年)11月

 寿永元年(1182年)10月、頼朝の浮気が発覚。
 政子は牧宗親に命じて頼朝の愛妾・亀の前が匿われていた伏見広綱邸を破壊。
 怒った頼朝は宗親を呼び出して宗親の髻を切ってしまう。
 宗親は時政の後妻・牧の方の父。
 舅への仕打ちに怒った時政は、一族を率いて伊豆に引き上げてしまった。
 ただ、義時は父に従わず鎌倉に残り、頼朝から称賛されたのだという。

 リンクボタン浮気発覚・政子激怒


 1183年(寿永2年)

 長男泰時が誕生。



〜源平合戦〜

 1184年(寿永3年)1月20日

 源範頼源義経木曽義仲を滅ぼす。

宇治川の戦い


 1184年(寿永3年)2月7日

 一ノ谷に集結していた平家軍を源範頼源義経が攻め、平家軍は敗走(一ノ谷の戦い)。

一ノ谷の戦い


 1185年(寿永3年)2月19日

 一ノ谷の戦い後、讃岐国の屋島を本拠としていた平家軍を源義経が奇襲(屋島の戦い)。
 義時は源範頼に従軍し、2月1日、葦屋浦の戦いで武功を立てている。

屋島の戦い


 1185年(寿永3年)3月24日

 源義経率いる水軍と平知盛率いる水軍が、長門国赤間関壇ノ浦の海上で衝突し、平家が滅亡(壇ノ浦の戦い)。

壇ノ浦の戦い


 1189年(文治5年)7月

 奥州征伐に従軍。

奥州征伐

奥州平泉



 1190年(建久元年)

 源頼朝が上洛
 頼朝の右近衛大将拝賀の随兵として供奉。


 1192年(建久3年)9月25日

 比企朝宗の娘・姫の前を正室にむかえる。


 1193年(建久4年)

 次男朝時が誕生(嫡子)。
 母は正室の姫の前。 


 1198年(建久9年)6月6日

 三男重時が誕生。
 母は正室の姫の前。 







〜頼朝死後に才能を発揮!〜

 1199年(建久10年)1月13日、源頼朝が死去。

 頼朝存命中は、表だった行動をみせなかった北条義時。

 頼朝の死後は、御家人間の権力争いが激化する中で、その才能が発揮されることとなる。



 1199年(正治元年)4月12日

 頼朝の家督を相続した源頼家の訴訟親裁を停止し、宿老13人による合議制によることを決定。

宿老13人の合議制


 1199年(正治元年)12月18日

 梶原景時が追放される。


 1200年(正治2年)1月20日

 梶原景時が駿河国清見関で滅亡。

梶原景時の変


 1200年(正治2年)5月25日

 四男有時が誕生。
 母は側室の伊佐朝政の娘。 


 1203年(建仁3年)9月2日

 北条時政が比企能員を暗殺。
 北条政子に命じられた義時が比企邸を攻め、一族を滅亡させた。
 9月7日、将軍頼家は出家。
 9月15日、実朝が征夷大将軍に。
 9月29日、頼家修禅寺に幽閉。 

比企能員の暗殺・比企氏滅亡


 1204年(元久元年)7月18日

 源頼家を暗殺。

源頼家の墓
リンクボタン源頼家の墓
(伊豆:修禅寺)



〜幕府の実権を握った北条氏〜

 比企氏を滅亡させた北条時政は、大江広元と並んで鎌倉幕府の政所の別当となり、将軍・実朝の補佐を務めることとなる。


〜正室姫の前と離婚〜

 比企氏滅亡後、義時は正室の姫の前と離婚。
 姫の前は、京都で源具親と再婚したものと考えられている。



 1205年(元久2年)6月22日

 北条時政の謀略により、「鎌倉武士の鑑」と呼ばれた畠山重忠と嫡男の重保が滅ぼされる。

畠山重忠の乱


 1205年(元久2年)6月22日

 五男政村が誕生。
 母は後妻の伊賀の方。


 1205年(元久2年)閏7月19日

 北条時政とその後妻牧の方による平賀朝雅を将軍に据えようとする企てが発覚。
 時政は伊豆に追放され、京都にいた平賀朝雅は、閏7月26日、追討軍によって討たれた(牧の方の陰謀)。
 時政は、1215年(建保3年)1月6日、伊豆国の北条の地で死去。
 墓所は願成就院

北条時政墓
リンクボタン北条時政墓
(伊豆の国市・願成就院)


 1213年(建暦3年)5月3日

 侍所別当の和田義盛滅亡。

和田合戦



〜義時が政所と侍所の別当に。〜

 畠山重忠の乱後、父時政を追放した義時は、政所別当に就任。
 和田合戦後には侍所の別当も兼ねて、幕府で最も重要な職を独占した。


〜山内荘が北条氏のものに。〜

 和田合戦後、土肥実平の孫惟平が地頭職を務めていた山内荘が、北条義時に預けられた。

 以後、山内荘は北条得宗家の所領として管理され、北条時頼以降、建長寺円覚寺をはじめとする禅刹が建立されていく。


山内荘と北条氏





〜源実朝暗殺事件〜

 1219年(建保7年)1月27日

 源実朝鶴岡八幡宮で甥の公暁に暗殺される。

源実朝の暗殺

源実朝が暗殺された日

北条義時と戌神将の伝説



〜承久の乱〜

 1221年(承久3年)5月15日

 後鳥羽上皇が北条義時追討の宣旨を発する。


 5月19日

 幕府では・・・
 北条政子が「故右大将(源頼朝)の恩は山よりも高く、海よりも深い・・・」と説いて御家人の結束を固める。


 5月22日

 幕府軍が京へ向けて進軍開始(19万騎)。


 6月15日

 幕府軍が京市中に入って朝廷軍を鎮圧。

承久の乱

北条政子の言葉

宇治川の戦い〜承久の乱〜



〜三上皇配流〜

 幕府軍が朝廷軍を破った承久の乱
 7月になると、首謀者の後鳥羽上皇と順徳上皇は、それぞれ隠岐島と佐渡へ流された。
 さらに後鳥羽上皇の皇子・六条宮(雅成親王)と冷泉宮(頼仁親王)も連座して、それぞれ但馬国と備前国豊岡庄児島へ流されている。
 討幕計画に反対していた土御門上皇は処罰の対象にはならなかったが、父の後鳥羽上皇が流されたことから、自ら望んで土佐国に流されたのだという。

鶴岡八幡宮今宮
リンクボタン今宮
(鶴岡八幡宮)

鶴岡八幡宮の今宮には、後鳥羽、順徳、土御門の三上皇が祀られている。



〜最期〜

 1224年(元文元年)6月13日

 北条義時急死(62歳)。
 源頼朝の法華堂の東の山上に葬られたのだという。

北条義時法華堂跡
リンクボタン北条義時法華堂跡



鎌倉覚園寺
鎌倉観光覚園寺
(鎌倉)
目黒 大圓寺
リンクボタン大円寺
(東京都目黒区)

 覚園寺は、北条義時が建てた大倉薬師堂を前身とする寺。

 大円寺の本尊・清凉寺式釈迦如来は、北条義時の菩提を弔うために建てられた釈迦堂にあった像と伝わる。


北條寺
リンクボタン北條寺
(伊豆の国市)
豆塚神社
リンクボタン豆塚神社
(伊豆の国市)

 北條寺は北条義時創建と伝わる寺。

 豆塚神社は、北条義時が崇敬したという社。


北条氏邸跡
リンクボタン北条時政邸跡
(伊豆の国市)
北条義時邸跡(江間公園)
リンクボタン北条義時邸跡
(伊豆の国市)







北条得宗家の所領だった北鎌倉
山内荘と北条氏

北条氏ゆかりの寺社・史跡
北条氏をめぐる鎌倉


源頼朝の配流地

伊豆・箱根







鎌倉:寺社・史跡巡り


鎌倉手帳
(鎌倉情報トップ)