鎌倉手帳(寺社散策)

鎌倉殿の13人 二代執権北条義時
特集!「鎌倉殿の13人」伊豆国編 特集!「鎌倉殿の13人」鎌倉編



歴史めぐり源頼朝
〜鎌倉入り〜







 石橋山の戦いに敗れ、1180年(治承4年)8月28日、真鶴から安房へと船出した源頼朝は、翌29日、安房国平北群猟島(現在の鋸南町竜島)に上陸しました。

 先発していた北条時政三浦一族とも合流しています。

 ここから、頼朝は態勢を整え、鎌倉を目指します。

 鎌倉入りを進言したのは千葉常胤だったといいます。


源頼朝上陸地(鋸南町)
リンクボタン源頼朝上陸地
(鋸南町竜島海岸)


〜安房上陸から鎌倉入りまで。〜

9月1日

安房国住人の安西景益に参陣するよう書状を送る。


9月3日

平北群を発って上総広常の屋敷へ向かう。
小山朝政下河辺行平豊島清元葛西清重に参陣するよう書状を送る。
安房国長狭郡の長狭常伴が頼朝の宿舎を襲撃しようと企てるが、三浦義澄が征伐。


9月4日

安西景益参陣。
予定を変更して景益邸に渡御。
上総広常千葉常胤に参陣するよう書状を送る(使者は和田義盛安達盛長)。


9月5日

洲崎明神に参拝。願文奉納。

館山:洲崎神社
リンクボタン洲崎神社
(館山市)

品川の品川神社は、頼朝によって洲崎明神が勧請されている。


9月6日

上総広常千葉常胤に相談して参陣する旨を回答。


9月7日

木曽義仲が小笠原頼直を破る。

リンクボタン木曽義仲の市原合戦


9月8日

北条時政が甲斐国へ出発。
甲斐国の源氏を引き連れて信濃国へ赴き、平家軍を攻めるため。

リンクボタン頼朝の挙兵と甲斐源氏


9月9日

千葉常胤が鎌倉入りを進言(安達盛長が使者)。


9月10日

先祖源頼義の最初の恩給地丸御厨を巡見


9月12日

洲崎明神に神田を寄進。


9月13日

上総国へ進軍。頼朝軍300騎に。


9月17日

上総広常の参陣を待たず下総国へ向かう。
千葉常胤が300騎を率いて参陣。

リンクボタン鎌倉入りを進言した千葉常胤


亥鼻城
リンクボタン亥鼻城址
(千葉市)


9月19日

隅田川辺まで進軍。
上総広常が2万騎を率いて参陣。

リンクボタン2万騎で参陣した上総広常


9月28日

江戸重長に参陣を命ずる。


9月29日

頼朝軍2万7千騎に。
葛西清重江戸重長を討つよう命ずる。
石橋山で討死にした佐奈田義忠の母に使いを出し、義忠の子らを下総国へ送り届けるよう伝える。
平維盛が関東へ向けて出陣。







10月1日

駿河国代官の橘遠茂が興津の辺りに陣を構える(現在の清水市興津)。
異母弟全成鷺沼の旅館で対面。

鷺沼城址(習志野市)
リンクボタン鷺沼城址
(習志野市)

醍醐寺仁王門
リンクボタン醍醐寺
(京都)
全成は、1159年(平治元年)の平治の乱後、醍醐寺に入っていた。


10月2日

千葉常胤上総広常とともに江戸川、隅田川を渡って武蔵国に入る。
頼朝軍3万騎に。
豊島清元葛西清重足立遠元が参陣。
頼朝の乳母を務めた寒河尼が息子(のちの結城朝光)を連れて訪問。

浅草寺
リンクボタン浅草寺
(東京台東区浅草)
武蔵国に入った頼朝浅草寺で平氏討滅祈願を行ったという。


隅田川沿いの源頼朝伝説


10月3日

千葉常胤に命じて上総国の伊北常仲を追討。
常仲は9月3日に頼朝を襲撃しようとした長狭常伴の甥。

翌年の鶴岡八幡宮上棟式では、長狭常伴の郎党左中太常澄が頼朝を暗殺しようとして処刑されている。


10月4日

長井の渡しに達すると、衣笠合戦で三浦の総帥義明を討った畠山重忠河越重頼江戸重長が参陣。

大国魂神社
リンクボタン大国魂神社
(東京府中市)
大国魂神社に関東の兵を集めた頼朝は戦勝を祈願し、矢を奉納したという。

金剛寺
リンクボタン金剛寺
(東京北区滝野川)
金剛寺は、大国魂神社へと向かう途中の頼朝が布陣したと伝えられている。


10月6日

先鋒を畠山重忠、殿(しんがり)を千葉常胤がつとめ相模国に入る。

この時の軍勢は、幾千万かわからない程の大軍だったという。

亀ヶ谷坂
リンクボタン亀ヶ谷坂

鎌倉七口の一つ亀ヶ谷坂は、鎌倉入りの際に使った道とも伝えられる。


10月7日

鶴岡八幡宮(由比若宮)を遙拝し、父源義朝の旧跡(亀ヶ谷現在の壽福寺辺り)を訪れる。

リンクボタン鎌倉と源氏


由比若宮(鎌倉市)
リンクボタン由比若宮

壽福寺(鎌倉市)
リンクボタン壽福寺



〜頼朝が食べたうどんの伝説〜

笹屋うどん跡
リンクボタン笹屋うどん跡
(市川市)

 源頼朝は、安房国に上陸する前に下総国行徳に漂着し、うどんを食べて力を得たのだとか・・・


源頼朝挙兵


石橋山で敗れた頼朝が何故再起できたのか???
↓ ↓ ↓
リンクボタン養和の飢饉と源頼朝



戻る
真鶴から安房へ船出
次のページ
御所の造営



源頼朝







編集:yoritomo-japan.com


鎌倉手帳
(鎌倉情報トップ)