鎌倉手帳(寺社散策)

鎌倉七口:亀ヶ谷坂
〜鎌倉の古道〜


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亀ヶ谷坂


 亀ヶ谷坂は、扇ヶ谷の岩船地蔵堂から山ノ内の長壽寺まで通じる古道。

 鎌倉七口の一つ。

 仮粧坂とともに武蔵方面に通じる重要な出入口。

 1180年(治承4年)の源頼朝の鎌倉入りの際に利用されたとも伝わるが定かではない。

 かつては、鉱泉が湧き出ていて、建長寺の僧の保養所(延寿堂)があった。

 現在は、扇ヶ谷と山ノ内を結ぶ往環路として利用されている。


延寿堂地蔵尊
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〜亀ヶ谷坂の名の由来〜

 「亀もひっくり返るほどの急坂であったから」というのが一般的に伝えられている名の由来。

 「建長寺塔頭回春院にある大覚池の大亀がこの坂を上ろうとしたところ、あまりにも急で引き返したというところから「亀返り坂」と呼ばれるようになり、それがいつしか「亀ヶ谷坂」と呼ばれるようになった」という伝説も残されている。


建長寺回春院
リンクボタン回春院



〜井戸に落ちた源頼家〜

 『吾妻鏡』には、二代将軍源頼家が鷹場をみるため、山ノ内に出掛けた帰りに亀ヶ谷で落馬し、古井戸に落ちたことが記されている。

 供をしていた藤原知康の処置がよかったため、命に別状はなかったという。

 知康は、頼家より小袖20領をもらったらしい。


亀ヶ谷坂六地蔵
六地蔵







〜亀ヶ谷坂と鉱泉〜

師子王文庫跡碑


 大正時代には、日蓮信者の田中智学の別荘があったが、日蓮宗の宣教のため売却したそうである。

 その後、「米新亭」という温泉(鉱泉)旅館ができ、さらに「香風園」という温泉(鉱泉)旅館となったのだという。

  川端康成の『千羽鶴』は香風園で書かれたといわている。

 現在、「香風園」はなく、その場所は集合住宅となっている。


 川端康成の『千羽鶴』には、円覚寺塔頭佛日庵の「茶会」の様子が描かれている。

 明治期には「米新温泉浴場」というものがあったらしく、近在の人に利用されていたという。



師子王文庫跡碑
田中智学師子王文庫跡碑

 亀ヶ谷坂には、日蓮信者の田中智学が建てた師子王文庫があった。

 智学は、小町大路沿いの「日蓮辻説法跡」を整備した人物。



〜「亀ヶ谷」と「扇ヶ谷」という地名〜

 「亀ヶ谷」という地名は、現在の扇ヶ谷を含む坂の下一帯を指していた。

 北条政子が建立したという壽福寺は「亀谷山」という山号。

 『吾妻鏡』にも「亀谷」の言葉が出てくる。

 また、壽福寺門前の「源氏山の石碑」には、源氏山を「亀谷山」と呼んでいたことが刻まれている。

 のちに、この地に邸を構えた上杉定正が「扇谷殿」と呼ばれたことから、「亀ヶ谷」という名がすたれ、「扇ヶ谷」と呼ばれるようになったのだという。

 (参考:扇ヶ谷上杉管領屋敷跡)。



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鎌倉でもあった仇討〜亀ヶ谷の仇討〜(okadoのブログ)





亀ヶ谷坂
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神社・仏閣巡りとは違う新たな鎌倉を発見できるかも・・・。






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