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名超寺(みょうちょうじ)は、天台密教の道場として創建された寺。 盛時には七堂伽藍・四十九院・九十九坊を備えた大寺院だったのだというが、現在は平等院・観成院が存するのみとなった。 寺伝によると・・・ 1180年(治承4年)、山本義経の兵火で焼かれた後、1189年(文治5年)に再建され、後鳥羽上皇(天皇)から厚い待遇を得ていた比叡山の禅行が入寺。 1199年(正治元年)と1220年(承久2年)の二度にわたって密かに名超寺に行幸した後鳥羽上皇は、禅行に北条義時追討の祈祷を依頼。 この時、後鳥羽上皇は自身の木像を刻んで寺に残し、境内には像を安置する後鳥羽殿が建てられたのだという。 現在の本堂は観音堂と呼ばれたもので、本尊は聖徳太子作と伝わる聖観音菩薩立像。 山号は恵光山。 |
1879年(明治12年)、明治天皇の許可を得て後鳥羽上皇の尊像が安置されていた後鳥羽殿が再建され、後鳥羽神社と称されるようになる。 |
承久の乱は、後鳥羽上皇が起こした打倒北条義時の兵乱。 後鳥羽上皇方の敗北により、後鳥羽上皇・順徳上皇・土御門上皇が流された。 |
滋賀県長浜市名越町318 |
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