鎌倉手帳(寺社散策)

今宮(新宮)
〜鶴岡八幡宮〜

編集:yoritomo-japan.com







鶴岡八幡宮今宮


 鶴岡八幡宮後方の東谷の今宮は、1221年(承久3年)に起きた承久の乱で隠岐に流された後鳥羽院の怨霊を鎮めるため、1247年(宝治元年)に創建された。

 「今宮」という名称には、新しい宮という意味があることから「新宮」とも書かれる。

 祭神は、後鳥羽、土御門、順徳の三天皇。

 承久の乱では、三上皇が配流となった。

 後鳥羽上皇は流された隠岐で亡くなり、順徳上皇は流された佐渡で断食をして頭に焼石を乗せて亡くなったといわれている。

 今宮には、当初、後鳥羽、順徳と順徳の護持僧長賢が祀られていたという。

 土御門上皇は、承久の乱には反対していたことから処罰を受けることはなかったが、自ら申し出て土佐に流され、のちに阿波に流され亡くなった。

 明治に入ってから合祀されている。





今宮の碑

 伝説によると、1239年(延応元年)、鎌倉の街の方々で喧嘩や争いごとが起き、特に5月25日には大騒動が起きた。

 承久の乱で敗れ、隠岐に流されていた後鳥羽院が、この年の2月22日に崩御していることから、院の恨みが原因だろうということで、神社を建て霊を祀ったといわれている。


承久の乱

北条政子の言葉


源実朝の暗殺と倒幕を企てた後鳥羽上皇〜承久の乱〜(okadoのブログ)



今宮鳥居

 今宮の後ろには、六本杉と呼ばれた大木があり、一つの根から六本に分かれていた。

 その六本杉には天狗が住み着いていたという言い伝えがある。







歴史めぐり源頼朝



鶴岡八幡宮
リンクボタン鶴岡八幡宮

 鶴岡八幡宮は、1063年(康平6年)に源頼義が京都の石清水八幡宮を勧請して創建した鶴岡若宮を前身とし、1180年(治承4年)に源頼朝が現在地に遷した。

 以後、武家の都「鎌倉」の中心に置かれ、長く武家の崇敬を集めた。 


鎌倉市雪ノ下2−1−31

0467(22)0315

鎌倉駅東口より徒歩10分



鶴岡八幡宮周辺・西御門・二階堂
大きい地図を見るには・・・右上のフルスクリーンをクリック。






鎌倉:寺社・史跡巡り


鎌倉手帳
(鎌倉情報トップ)


鎌倉:梅の名所 鎌倉桜情報
献詠披講式 桜の開花・見頃情報
観桜会 鎌倉まつり
円覚寺洪鐘祭 鎌倉殿の13人〜宿老13人の合議制〜