鎌倉手帳(寺社散策)

北条氏邸跡(円成寺跡)
静岡県伊豆の国市

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北条氏居館跡

 北条氏ゆかりの成福寺の後方、狩野川の東岸には北条氏の館があった。

 北条氏は、桓武平氏平直方の子孫で、時方の代に伊豆介として北条郷に赴任し、北条を名乗ったといわれているが、その系図は定かではない。

 北条時方の子時政は、蛭ヶ小島に流されていた源頼朝挙兵に参加し、鎌倉幕府創立に尽力した。

 頼朝亡き後も将軍家の外戚として執権の地位に就き権力をふるったが、平賀朝雅を将軍に立てようとして失脚した(参考:願成就院)。

 その後、嫡子義時が執権となり、承久の乱を乗り越え、北条氏の地位を堅固たるものとした(参考:北条執権政治)。


承久の乱

北条政子の言葉





〜円成寺跡〜

 1333年(元弘3年)、鎌倉幕府が滅びると、北条高時の母覚海円成をはじめとする一族の女性が韮山に移り住み、北条氏邸跡に円成寺(尼寺)を建立して北条一族の冥福を祈った。

 室町時代には足利直義が円成寺に周辺の支配を認め、関東管領を務めた上杉家の娘などが尼として入っていたという。 

水晶の宝珠
水晶の宝珠(出土品)

 韮山金谷の本立寺には、覚海円成が造らせたという梵鐘が残されている。

 この鐘は鎌倉・東慶寺にあったもの(参考:東慶寺の梵鐘)。

 鎌倉幕府滅亡後、韮山に移り住んだ覚海円成が東慶寺より円成寺に移したものと考えられ、江戸中期に円成寺が焼失した後、本立寺へ移されたものと考えられる。

本立寺の梵鐘
リンクボタン本立寺の梵鐘


東慶寺梵鐘と覚海円成〜伊豆の国市:本立寺の梵鐘〜(okadoのブログ)





守山からの景色
守山からの景色
(北条館跡背後)


 源頼朝を助け鎌倉幕府を開いた立役者北条時政の館は、北条氏ゆかりの成福寺の境内を含む広大な土地であった。

 時政が頼朝政子のために別邸を築いたのが成福寺辺りとされている。

 背後の守山の中腹には守山八幡宮があって、源頼朝が源氏再興を祈願したという。


守山からの景色
蛭ヶ小島周辺


成福寺
リンクボタン成福寺
北条政子産湯の井戸
リンクボタン北条政子
産湯の井戸







歴史めぐり源頼朝



伊豆の国市
狩野川と富士


北条氏邸跡(円成寺跡)

静岡県伊豆の国市寺家・中条

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