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紫式部は『源氏物語』に800首近い和歌を織り込み・・・ 自撰歌集の『紫式部集』には、姉君と慕っていた筑紫の君・夫の藤原宣孝・藤原道長との贈答歌など、およそ120首が収められている。 |
※ | 以下に掲げた歌は『紫式部集』の順番どおりではありません。 |
幼い頃からの友に出逢ったときの歌(『百人一首』収録歌) |
めぐりあひて 見しやそれとも わかぬまに 雲がくれにし 夜半の月かな |
鳴きよわる まがきの虫も とめがたき 秋のわかれや 悲しかるらむ |
方違えで泊まっていった男(藤原宣孝?)との贈答歌 |
おぼつかな それかあらぬか 明け暗れの 空おぼれする 朝顔の花 |
いづれぞと 色わくほどに 朝顔の あるかなきかに なるぞわびしき |
姉君と呼んでいた筑紫の君が肥前国へ旅立つときの贈答歌 |
西の海を 思ひやりつつ 月見れば ただに泣かるる ころにもあるかな |
西へゆく 月のたよりに 玉章の かき絶えめやは 雲の通ひ路 |
津の国から届いた筑紫の君の歌 |
難波潟 群れたる鳥の もろともに たちゐるものと 思はましかば |
身内の任国に行こうか行くまいか悩んでいる人との贈答歌 |
露深く おく山里の もみぢ葉に 通へる袖の 色を見せばや |
嵐吹く 遠山里の もみぢ葉は 露もとまらむ ことのかたさよ |
もみぢ葉を さそふ嵐は はやけれど 木の下ならで ゆく心かは |
もの思いに悩まされている人が悩み事をうちあけてきたときの歌 |
霜氷 閉ぢたるころの 水くきは えもかきやらぬ ここちのみして |
ゆかずとも なほかきつめよ 霜氷 水の上にて 思ひ流さむ |
上賀茂神社の片岡社で詠んだ歌。 |
ほととぎす 声待つほどは 片岡の 杜のしづくに 立ちや濡れまし |
賀茂川の河原にいた法師が紙の冠をつけて陰陽博士のようにしているのが憎らしくて詠んだ歌 |
祓戸の 神の飾りの 御幣に うたてもまがふ 耳はさみかな |
父の藤原為時に同行して越前へ下向することとなったときの筑紫の君との贈答歌 |
北へ行く 雁のつばさに ことづてよ 雲のうはがき かきたえずして |
行きめぐり 誰も都に かへる山 いつはたと聞く 程のはるけさ |
越前に下向する途中で詠んだ歌 |
三尾の海に 網引く民の ひまもなく 立居につけて 都恋しも |
かきくもり 夕立つ浪の 荒ければ 浮きたる舟ぞ 静心なき |
知りぬらむ 行き来にならす 塩津山 世にふる道は からきものぞと |
越前で暮らしているときに詠んだ歌。 |
ここにかく 日野の杉むら 埋む雪 小塩の松に けふやまがへる |
小塩山 松の上葉に 今日やさは 峯のうす雪 花と見ゆらむ |
ふるさとに 帰る山路の それならば 心やゆくと ゆきも見てまし |
越前に下向したときの筑紫の君との贈答歌 |
あひ見むと 思ふ心は 松浦なる 鏡の神や 空に見るらむ |
ゆきめぐり あふを松浦の 鏡には 誰をかけつつ 祈るとか知る |
結婚する前の藤原宣孝との贈答歌(宣孝の求婚を拒否する歌) |
春なれど 白嶺の深雪 いや積り 解くべきほどの いつとなきかな |
みづうみの 友よぶ千鳥 ことならば 八十のみなとに こゑ絶えなせそ |
四方の海に 塩やく海人の 心から やくとはかかる なげきをやつむ |
紅の 涙ぞいとど うとまるる うつる心の 色に見ゆれば |
越前から帰京する途中で詠んだ歌 |
ましもなほ 遠方人の 声交はせ われ越しわぶる たごの呼び坂 |
名に高き 越の白山 ゆきなれて 伊吹の嶽を なにとこそ見ね |
磯がくれ おなじ心に 田鶴ぞ鳴く 汝が思ひいづる 人や誰ぞも |
越前から帰京する途中で奥津嶋神社が鎮座する沖島を望んで詠んだ歌 |
おいつ島 島守る神や いさむらむ 波もさわがぬ わらはべの浦 |
帰京後、結婚する藤原宣孝との贈答歌 |
けぢかくて たれも心は 見えにけむ ことはへだてぬ ちぎりともがな |
へだてじと ならひしほどに 夏衣 薄き心を まづ知られぬる |
峯寒み 岩間氷れる 谷水の ゆくすゑしもぞ 深くなるらむ |
※ | 二人の結婚は宣孝が紫式部のところに通う「通い婚」。 |
藤原宣孝と喧嘩したときの贈答歌 ~文散らし事件~ |
閉ぢたりし 上の薄氷 解けながら さは絶えねとや 山の下水 |
こち風に 解くるばかりを 底見ゆる 石間の水は 絶えば絶えなむ |
言ひ絶えば さこそは絶えめ なにかその みはらの池を つつみしもせむ |
たけからぬ 人かずなみは わきかへり み原の池に 立てどかひなし |
花の歌。藤原宣孝との夫婦団欒のひと時 |
折りて見ば 近まさりせよ 桃の花 思ひぐまなき 桜をしまじ |
ももといふ 名もあるものを 時の間に 散る桜には 思ひおとさじ |
花といはば いづれか匂ひ なしと見む 散りかふ色の 異ならなくに |
筑紫の君が亡くなったと聞いて詠んだ歌 |
いづかたの 雲路と聞かば 尋ねまし つらはなれたる 雁がゆくへを |
藤原宣孝が他の女の所に通うようになってしまった頃の歌 |
入るかたは さやかなりける 月影を うはのそらにも 待ちし宵かな |
さして行く 山の端もみな かき曇り 心も空に 消えし月影 |
おほかたの 秋のあはれを 思ひやれ 月に心は あくがれぬとも |
※ | 二人の結婚は宣孝が紫式部のところに通う「通い婚」。 |
藤原宣孝が来ない紫式部の嘆き |
垣ほ荒れ さびしさまさる とこなつに 露おきそはむ 秋までは見じ |
※ | 宣孝亡き後の歌とする説もある。 |
藤原宣孝との仲に秋風が立ち、彦星と織姫の逢瀬を羨む |
うちしのび 嘆きあかせば しののめの ほがらかにだに 夢を見ぬかな |
しののめの 空霧りわたり いつしかと 秋のけしきに 世はなりにけり |
おほかたを 思へばゆゆし 天の川 今日の逢ふ瀬は うらやまれけり |
天の川 逢ふ瀬は雲の よそに見て 絶えぬちぎりし 世々にあせずは |
浮気する藤原宣孝への反発の歌 |
なほざりの たよりに訪はむ 人ごとに うちとけてしも 見えじとぞ思ふ |
よこめをも ゆめいひしは 誰なれや 秋の月にも いかでかは見し |
なにばかり 心づくしに ながめねど 見しにくれぬる 秋の月影 |
藤原詮子と藤原宣孝の死を悲しむ歌 |
雲の上の もの思ふ春は 墨染に 霞む空さへ あはれなるかな |
なにかこの ほどなき袖を ぬらすらむ 霞の衣 なべて着る世に |
独りで暮らしていた頃の歌 |
露しげき 蓬が中の 虫の音を おぼろけにてや 人のたづねむ |
藤原宣孝を亡くし、病気になってしまったときの歌 |
花すすき 葉分けの露や なににかく 枯れ行く野べに 消えとまるらむ |
世にふるに なぞかひ沼の いけらじと 思ひぞ沈む そこは知らねど |
心ゆく 水のけしきは 今日ぞ見る こや世にかへる かひ沼の池 |
藤原宣孝の娘との贈答歌 |
夕霧に み島がくれし 鴛鴦の子の 跡を見る見る まどはるるかな |
散る花を 嘆きし人は 木のもとの さびしきことや かねて知りけむ |
物の怪退散の物語絵を見て詠んだ歌 |
亡き人に かごとをかけて わづらふも おのが心の 鬼にやはあらぬ |
ことわりや 君が心の 闇なれば 鬼の影とは しるく見ゆらむ |
物語絵を見て詠んだ歌 |
春の夜の 闇のまどひに 色ならぬ 心に花の 香をぞしめつる |
さを鹿の しかなはせる 萩なれや 立ち寄るからに おのれ折れ伏す |
藤原宣孝の追悼歌 |
見し人の けぶりとなりし 夕べより 名ぞむつましき 塩釜の浦 |
時々返事をしていた男との歌 |
をりをりに かくとは見えて ささがにの いかに思へば 絶ゆるなるらむ |
霜枯れの あさぢにまがふ ささがにの いかなるをりに かくと見ゆらむ |
紫式部に逢うために家の門を叩いたが無視されて帰っていった男の歌 |
世とともに あらき風吹 西の海も 磯べに 波も寄せずとや見し |
かへりては 思ひしりぬや 岩かどに 浮きて寄りける 岸のあだ波 |
たが里の 春のたよりに 鶯の 霞に閉づる 宿を訪ふらむ |
八重山吹を折ってある貴人に贈ったところ、時季おくれの散り残りの一重山吹を贈ってもらったので詠んだ歌。 |
をりからを ひとへにめづる 花の色は 薄きを見つつ 薄きとも見ず |
世の中が疫病で騒いでいる頃に、朝顔を貴人の所に献上するというので詠んだ歌。 |
消えぬまの 身をも知る知る 朝顔の 露とあらそふ 世を嘆くかな |
一条天皇の中宮・藤原彰子に仕えるようになったときに詠んだ歌。 |
身のうさは 心のうちに したひきて いま九重ぞ 思ひ乱るる |
中宮・藤原彰子のもとに出仕後、ほどなくして自宅に帰ってしまったときの歌。 |
閉ぢたりし 岩間の氷 うち解けば をだえの水も 影見えじやは |
みやまべの 花吹きまがふ 谷風に 結びし水も 解けざらめやは |
自宅に引きこもっていた正月十日ごろ、「春の歌を献上せよ」と言われたので詠んだ歌 |
みよしのは 春のけしきに 霞めども 結ぼほれたる 雪の下草 |
3月になっても出仕しない紫式部に宮の弁のおもとが「いつ出仕するのか」と言ってきたときの歌 |
うきことを 思ひみだれて 青柳の いとひさしくも なりにけるかな |
つれづれと ながめふる日は 青柳の いとど憂き世に 乱れてぞふる |
思い悩んでくじけそうなときに「ずいぶんと上﨟ぶってる」と人が言っているのを聞いて詠んだ歌 |
わりなしや 人こそ人と いはざらめ みづから身をや 思ひ捨つべき |
端午の節句に薬玉を贈ってきた人との贈答歌 |
しのびつる ねぞあらはるる あやめ草 いはぬにくちて やみぬべければ |
今日はかく 引きけるものを あやめ草 わがみがくれに ぬれわたりつつ |
豊明節会で弘徽殿女御に仕える右京に贈った歌 |
おほかりし 豊の宮人 さしわけて しるき日かげを あはれとぞ見し |
紫式部と同じ細殿に住む隣の局の中将との贈答歌 |
三笠山 おなじ麓を さしわきて 霞に谷の へだつなるかな |
さしこえて 入ることかたみ 三笠山 霞ふきとく 風をこそ待て |
正月の三日、宮中を退出して自宅に帰ったときの歌 |
あらためて 今日しもものの かなしきは 身のうさやまた さまかはりぬる |
娘賢子の成長を願って詠んだ歌 |
若竹の おひゆくすゑを 祈るかな この世をうしと いとふものから |
数ならぬ 心に身をば まかせねど 身にしたがふは 心なりけり |
心だに いかなる身にか かなふらむ 思ひ知れども 思ひ知られず |
影見ても うきわが涙 おちそひて かごとがましき 滝の音かな |
忘るるは うき世のつねと 思ふにも 身をやるかたの なきぞわびぬる |
たが里も 訪ひもや来ると ほととぎす 心のかぎり 待ちぞわびにし |
心あてに あなかたじけな 苔むせる 仏の御顔 そとは見えねど |
6月の7、8日の夕月夜に小少将の君と贈答した歌 |
天の戸の 月の通ひ路 ささねども いかなるかたに たたく水鶏ぞ |
槙の戸も ささでやすらふ 月影に 何をあかずと たたく水鶏ぞ |
奈良の興福寺から届いた一枝の八重桜と賀茂祭の日に散り残っていた山桜の歌 |
九重に にほふを見れば 桜狩 かさねてきたる 春のさかりか |
神代には ありもやしけむ 山桜 今日のかざしに 折れるためしは |
藤原彰子が出産のため土御門邸に里下がりしたときに局の戸を叩いた藤原道長との贈答歌 |
夜もすがら 水鶏よりけに なくなくも 槇の戸口に たたきわびつる |
ただならじ とばかりたたく 水鶏ゆゑ あけてはいかに くやしからまし |
土御門邸で藤原道長に女郎花を差し出され即興で詠んだ歌 |
女郎花 さかりの色を 見るからに 露のわきける身こそ 知らるれ |
白露は わきてもおかじ 女郎花 こころからにや 色の染むらむ |
むもれ木の 下にやつるる 梅の花 香をだに散らせ 雲の上まで |
たづきなき 旅の空なる すまひをば 雨もよにとふ 人もあらじな |
いどむ人 あまた聞こゆる ももしきの すまひうしとは 思ひしるやは |
恋しくて ありふるほどの 初雪は 消えぬるかとぞ うたがはれける |
ふればかく うさのみまさる 世を知らで 荒れたる庭に 積る初雪 |
いづくとも 身をやるかたの 知られねば うしと見つつも ながらふるかな |
土御門邸で行われた5月5日の法華三十講で詠んだ歌 |
妙なりや 今日は五月の 五日とて いつつの巻に あへる御法も |
5月5日の法華三十講での大納言の君との贈答歌 |
かがり火の 影もさわがぬ 池水に 幾千代すまむ 法の光ぞ |
澄める池の 底まで照らす かがり火に まばゆきまでも うきわが身かな |
法華三十講が行われた5月6日の朝の小少将の君との贈答歌 |
なべて世の うきになかるる あやめ草 今日までかかる ねはいかが見る |
なにごとと あやめはわかで 今日もなほ たもとにあまる ねこそ絶えせね |
源倫子から「菊の着せ綿」を贈られたときに感激して詠んだ歌 |
菊の露 わかゆばかりに 袖ふれて 花のあるじに 千代はゆづらむ |
藤原彰子が土御門邸で敦成親王(のちの後一条天皇)を出産し、一条天皇の行幸が近くなった頃に詠んだ歌 |
水鳥を 水の上とや よそに見む われも浮きたる 世を過ぐしつつ |
敦成親王が生まれて五日目の「御産養」のときに詠んだ歌 |
めづらしき 光さしそふ さかづきは もちながらこそ 千世をめぐらめ |
曇りなく 千歳にすめる 水の面に 宿れる月の 影ものどけし |
敦成親王が生まれて「五十日の祝い」のときの藤原道長との贈答歌 |
いかにいかが 数へやるべき 八千歳の あまり久しき 君が御代をば |
あしたづの よはひしあらば 君が代の 千歳の数も 数へとりてむ |
里下りをしていた小少将の君との贈答歌 |
雲間なく ながむる空も かきくらし いかにしのぶる 時雨なるらむ |
ことわりの 時雨の空は 雲間あれど ながむる袖ぞ かわくよもなき |
里に下がっているときの大納言の君との贈答歌 |
うきねせし 水の上のみ 恋しくて 鴨の上毛に さへぞおとらぬ |
うち払ふ 友なきころの ねざめには つがひし鴛鴦ぞ よはに恋しき |
実家から宮中に戻ったときに詠んだ歌 |
年暮れて わがよふけゆく 風の音に 心のうちの すさまじきかな |
『源氏物語』についての藤原道長との贈答歌 |
すきものと 名にし立てれば 見る人の をらで過ぐるは あらじとぞ思ふ |
人にまだ をられぬものを 誰かこの すきものぞとは 口ならしけむ |
小少将の君が生前に書いた手紙を見つけて加賀少納言のもとに贈ったときの歌 |
暮れぬ間の 身をば思はで 人の世の あはれを知るぞ かつはかなしき |
たれか世に ながらへて見む 書きとめし 跡は消えせぬ 形見なれども |
亡き人を しのぶることも いつまでぞ 今日のあはれは 明日のわが身を |
五節の頃に出仕しない紫式部に弁の宰相の君が「残念です」と言ってきたので |
めづらしと 君し思はば きて見えむ 摺れる衣の ほど過ぎぬとも |
さらば君 山藍のころも 過ぎぬとも 恋しきほどに きても見えなむ |
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世の中を なに嘆かまし 山桜 花見るほどの 心なりせば |
藤原彰子の病気快復を願って参った清水寺で詠んだ伊勢大輔との贈答歌。 『伊勢大輔集』 |
心ざし 君にかかぐる 燈火の おなじ光に あふがうれしき |
古の 契りもうれし 君がため おなじ光に 影をならべて |
奥山の 松ばにこほる 雪よりも 我が身よにふる 程ぞはかなき |
消えやすき 露の命に くらぶれば げにとどこほる 松の雪かな |
紫式部の死後、娘の賢子(大弐三位)が詠んだ歌と、生前、紫式部が越後にいる父為時を案じて詠んだ歌 『平兼盛集』 |
憂きことの まさるこの世を 見じとてや 空の雲とも 人のなりけむ |
雪つもる 年にそへても 頼むかな 君を白根の 松にそへつつ |
『源氏物語』の随所に引用された曾祖父・藤原兼輔の歌。 |
人の親の 心は闇に あらねども 子を思ふ道に まどひぬるかな |
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