鎌倉手帳(寺社散策)

鎌倉殿の13人 二代執権北条義時
特集!「鎌倉殿の13人」伊豆国編 特集!「鎌倉殿の13人」鎌倉編

紅葉



滑川沿いの鎌倉

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滑川


 滑川(なめりかわ)は、朝比奈峠を源流とし、全長は5.6キロメートル。
 
 川床をなめるように流れていることから付けられた名といわれています。

 上流から胡桃川⇒滑川⇒座禅川⇒夷堂川⇒炭売(墨売)川⇒閻魔川と名を変えて由比ヶ浜に注いでいることでも知られています。 


滑川









=朝比奈峠=

朝夷奈切通
リンクボタン朝夷奈切通
朝比奈の滝
リンクボタン朝比奈の滝


梶原太刀洗水
リンクボタン梶原太刀洗水
十二所神社
リンクボタン十二所神社


鎌倉五名水「梶原太刀洗水」

 朝夷奈切通の岩肌から湧き出る鎌倉五名水の一つ。

 梶原景時上総介広常を討ったあと、この水で太刀の血を洗い流したという。

 流れ落ちている川は、滑川の支流「太刀洗川」。





=光触寺橋付近=

光触寺橋
光触寺橋
光触寺
リンクボタン光触寺


塩嘗地蔵
リンクボタン塩嘗地蔵

 朝比奈峠を越えてやってきた塩売りが、お地蔵さんに塩を供えておいたところ、帰りには塩がなくなっていた。
 お地蔵さんが嘗めたという言い伝えがある。





=明石橋付近=

大慈寺跡
リンクボタン大慈寺跡
大江広元邸跡
リンクボタン大江広元邸跡


大江稲荷
リンクボタン大江稲荷





=二ツ橋付近=

明王院
リンクボタン明王院
二つ橋
二ツ橋


☆伝説!けがなし石☆
 「二ツ橋」下の2つの石は、橋から落ちても怪我をしないので「けがなし石」と呼ばれていた。
 この石は、五大堂に使われていた礎石の一部だったという。





=泉水橋付近=

松久寺
松久寺

 松久寺は、昭和41年に東京から移ってきた曹洞宗の寺。

 鎌倉では新しいが、江戸時代より続く由緒ある寺。





虹ノ橋付近
鎌倉公方屋敷跡
リンクボタン鎌倉公方屋敷跡
青砥橋付近
青砥藤綱
リンクボタン青砥藤綱邸跡


京都から移築された古建築
旧一条恵観山荘
リンクボタン一条恵観山荘





=華ノ橋付近=

華ノ橋
華ノ橋


浄妙寺
リンクボタン浄妙寺
報国寺
リンクボタン報国寺





華ノ橋から大御堂橋
(田楽辻子のみち)

田楽辻子
リンクボタン田楽辻子
上杉禅秀邸跡
リンクボタン上杉禅秀邸跡


衣張山
リンクボタン衣張山
釈迦堂切通
リンクボタン釈迦堂切通


勝長寿院跡
リンクボタン勝長寿院跡
文覚上人屋敷跡
リンクボタン文覚上人屋敷跡





犬懸橋付近
杉本寺
リンクボタン杉本寺
大蔵稲荷橋付近
大蔵稲荷社
リンクボタン大蔵稲荷社


鎌倉十橋
歌ノ橋
リンクボタン歌ノ橋
(滑川の支流二階堂川)





=宝戒寺橋付近=

宝戒寺
リンクボタン宝戒寺
紅葉山やぐら
リンクボタン紅葉山やぐら

 紅葉山やぐらは、昭和10年に発見され、北条執権ゆかりの者の骨を納めたやぐらとされている。
 海蔵寺にある十六ノ井と全く同じものも出土されている。





=東勝寺橋付近=

東勝寺橋
リンクボタン東勝寺橋


東勝寺跡
リンクボタン東勝寺跡
腹切やぐら
リンクボタン腹切やぐら





=琴弾橋付近=

蛭子神社
リンクボタン蛭子神社
琴弾橋
琴弾橋

 琴弾橋の裏山は、小御所ヶ丘と呼ばれ、琴弾の松があった。
 この松の枝の風に鳴る音が、琴を弾くように美しかったと伝えられている。
 小御所とは、二代将軍頼家の子一幡の住んでいた御所。





=夷堂橋付近=

鎌倉十橋
夷堂橋
リンクボタン夷堂橋


本覚寺
リンクボタン本覚寺
妙本寺
リンクボタン妙本寺





=延命寺橋付近=

延命寺
リンクボタン延命寺

 延命寺橋は、江戸時代には墨売橋といわれ、下を流れる滑川は「墨売川」と呼ばれていた。

 明治になって延命寺橋と改称。

 大正12年の関東大震災では、津波が延命寺橋まで遡上したと伝えられている。





鎌倉十橋
琵琶橋
リンクボタン琵琶橋

 滑川へ合流する手前の佐助川に架けられている橋。

 源頼朝若宮大路を造営する際に架けられたのだと伝えられている。





滑川河口
滑川河口


滑川 滑川


杉本寺の紅葉









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