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江島神社は、552年、欽明天皇の勅命で、岩屋に宮を建てたのがはじまりとされる。 現在の江島神社は、辺津宮・中津宮・奥津宮からなる。 かつては、御窟(おんいわや(岩屋))が本宮とされ、奥津宮を「本宮御旅所」・中津宮を「上の宮」・辺津宮を「下の宮」と呼んでいた。 岩屋には江島神社の発祥地とされる場所が残されており、各時代の高僧が修行に励んだ。 仏教との習合によって、金亀山与願寺と称されていたが、明治の神仏分離によって仏式が全廃されている。 祭神は、宗像三女神。 |
辺津宮 (下の院) |
中津宮 (上の院) |
辺津宮は、三代将軍源実朝が建永元年(1206)に鎌倉幕府の繁栄を祈って創建した。 |
辺津宮の八角形の御堂は奉安殿。 女性の象徴をすべて兼ね備えているといわれる「裸弁財天(妙音弁財天)」と、源頼朝が文覚に命じて勧請したと伝わる「八臂弁財天像」が安置され、安芸の宮島、近江の竹生島とともに日本三弁天とされている。 |
奥津宮 (本宮御旅所) |
岩屋 (本宮) |
龍恋の鐘 (恋人の丘) |
御神紋 |
奥津宮の石鳥居は、源頼朝が寄進したと伝えられる。 鎌倉幕府の創始に貢献した北条時政は、江ノ島に35日間参籠して子孫の繁栄を祈願したといわれ、北条氏の家紋「三鱗(ミツウロコ)」は、その時現れた龍の鱗と伝えられている。 恋人の丘は、第二岩屋のほぼ真上にある永遠の愛を叶える場所。 |
円覚寺の洪鐘祭は、60年に一度、江島神社との伝統ある祭礼。 |
2023年10月29日、2020年から延期となっていた洪鐘祭が開催された。 |
江島神社入口の朱鳥居下の狛犬は、長堀検校の寄進で江の島で一番大きいといわれている。 |
「江島神社の碑」は、東郷平八郎の揮毫。 |
江の島の三宮と三坊 中世武家政権と江の島 妙音弁財天が安置された伝説の不老門 |
その1:江の島弁天橋〜青銅鳥居〜辺津宮 その2:中津宮〜御岩屋道通り その3:奥津宮〜稚児ヶ淵〜岩屋 |
「瑞心門」は、竜宮城を模して造られた江島神社の御神門。 |
江の島は、砂が堆積して湘南海岸と島とが陸続きとなった陸繋島。 鎌倉時代には源頼朝が弁財天を勧請。 江戸時代には、大山・江の島の二所詣が流行し賑わった島。 |
江ノ電「江ノ島駅」から徒歩25分 小田急「片瀬江ノ島駅」から徒歩20分 湘南モノレール「湘南江ノ島駅」から徒歩27分 |
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