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江の島トンボロ
〜砂の道〜

編集:yoritomo-japan.com








江の島トンボロ


 江の島は陸繋島(りくけいとう)。

 陸繋島とは、砂州で大陸や大きな島と陸続きになった島のこと。

 そして、画像が砂州が造った江の島へと続く砂の道。

 普段は海の底だが、干潮時に海底が現れて、江の島と対岸の片瀬の浜が繋がる(トンボロ現象)。



江の島トンボロ




高橋由一の江の島図
昔のトンボロ
(高橋由一の「江の島図」)

 かつての江の島詣は、干潮時に干潟を歩いて渡っていた。





〜仮設階段設置〜

 江の島にトンボロが現われるのに合わせて江の島北緑地広場の護岸に仮設階段が設置されます。

 2024年は、5月10・11・26日、6月9・22日の5日間。

 設置時間は10:00〜14:00頃。



江の島トンボロ仮設階段



トンボロを歩いて江の島詣で〜仮設階段が設置されます。〜



江の島トンボロ記念証


江の島 トンボロ記念証〜トンボロを歩いて江の島上陸2024/05/11〜





〜江の島が突然陸続きになった日〜

 『吾妻鏡』によると・・・

 1216年(建保4年)正月15日、江の島明神からのお告げがあって、海がたちまちのうちに道になってしまい、参詣者は船に乗ることなく江の島へ渡れるようになったのだとか。

 めったにない神が起こした不思議な現象を見るため、鎌倉をはじめ、相模の国中から出家者・在家者、身分の上下にかかわらず多くの者が群れを成してやってきたのだという。

 その様子を視察した三浦義村は、源実朝に「霊験あらたかなことでございます」と報告している。



実朝の時代に起こった現象は、大地震がもたらした地殻変動と考えられている。





江の島トンボロ


 江の島トンボロは、東側からの波と西側からの波がぶつかって砂の道を造り出しているという。

 高橋由一が描いた絵でもわかるとおり、昔はもう少し西側に現れていたようだが、片瀬漁港などの整備によって移動しているという。





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その1:江の島弁天橋〜青銅鳥居〜辺津宮

その2:中津宮〜御岩屋道通り

その3:奥津宮〜稚児ヶ淵〜岩屋










歴史めぐり源頼朝





江の島
リンクボタン江の島

 江の島は、砂が堆積して湘南海岸と島とが陸続きとなった陸繋島
 鎌倉時代には源頼朝が弁財天を勧請。
 江戸時代には、大山江の島の二所詣が流行し賑わった島。


江ノ電「江ノ島駅」から徒歩25分
小田急「片瀬江ノ島駅」から徒歩20分
湘南モノレール「湘南江ノ島駅」から徒歩27分





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