|
賀茂神社(かもじんじゃ)とは、賀茂別雷神社(上賀茂神社)と賀茂御祖神社(下鴨神社)の総称。 古くより朝廷から崇敬され、794年(延暦13年)の平安遷都後は山城国の一之宮となり、王城鎮護の神として一層崇敬され、802年(大同2年)には正一位の神階を受け、賀茂祭は勅祭とされた。 |
5月15日に行われる「葵祭」(あおいまつり)は、紫式部の『源氏物語』の描かれた賀茂神社の例祭。 古くは「賀茂祭」と称されていたが、1694年(元禄7年)に再興されて以降、内裏宸殿や牛車、衣冠などを「葵の葉」で飾るようになったことから「葵祭」と呼ばれるようになったといわれる。 |
三河国の武士団は葵紋を使用していたらしい。 三河国出身の徳川家康も葵紋。 |
葵紋と賀茂神社〜徳川家と三つ葉葵〜 元康から家康に改名・松平から徳川に改姓 |
〜三勅祭〜 |
葵祭(賀茂神社) 石清水祭(石清水八幡宮) 春日祭(春日大社) |
〜京都三大祭〜 |
葵祭(賀茂神社) 祇園祭(八坂神社) 時代祭(平安神宮) |
みたらし団子 (下鴨神社) |
申餅 (下鴨神社) |
すぐき (上賀茂神社) |
『吾妻鏡』によれば、1184年(元暦元年)4月24日、源頼朝は、賀茂社の所領41ヶ所に対し、後白河法皇の院庁下文のとおり、武家による年貢の横領を止めるよう命令を下す決定をしている。 1186年(文治2年)9月5日には、賀茂別雷社の所領について、地頭の支配を止め、社家に任せるよう命じている。 同時に備後国有福庄での土肥実平の横領や、近江国安曇川御厨での佐々木定綱の支配を止めるよう命じている。 |
|