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紫式部 紫式部年表



京都御所:紫宸殿

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紫宸殿


 紫宸殿(ししんでん)は、内裏の正殿。

 天皇の即位・元服・立太子・節会などの儀式が執り行われた。

 現在の建物は、1855年(安政2年)に平安時代の建築様式で造営。

 明治・大正・昭和三代の天皇の即位の礼は、この建物で執り行われている。

 白砂の庭は「南庭」と呼ばれ、紫宸殿前には左近の桜・右近の橘が配されている。



紫宸殿




〜即位の礼〜

 平安時代の即位の礼は、原則として平安宮朝堂院の大極殿で行われた。

 ただ、冷泉天皇は病気だったため内裏の紫宸殿で即位し、これが紫宸殿での即位の礼の最初となる。

 大極殿は1176年(安元2年)の焼失後、再建されなかったため、室町中期の後土御門天皇までは太政官庁を使用(安徳天皇は紫宸殿で即位)。

 後柏原天皇以降は紫宸殿が使用され、昭和天皇まで続いた。



平安宮
リンクボタン平安宮
(大内裏)
平安宮内裏跡
リンクボタン内裏跡


 平安宮は、平安京の宮城。

 内裏は天皇の住まいで、儀式や執務などを行う宮殿。

 当時の内裏は、京都御所の西方2qの所にあった。



大極殿跡
リンクボタン大極殿跡
平安神宮
リンクボタン大極殿
(平安神宮)


 大極殿は、平安京の大内裏(平安宮・宮城)にあった朝堂院の正殿。

 平安神宮は、朝堂院が8分の5の規模で復元されたもので大極殿は拝殿として使用されている。



平安宮 内裏 紫宸殿跡
リンクボタン紫宸殿跡

 平安初期の紫宸殿は、天皇の私的な在所だったが、平安時代中期以降、即位の礼や大嘗祭などの行事が紫宸殿で行われるようになったのだという。





高御座・御帳台
高御座・御帳台

 紫宸殿内には、天皇の御座「高御座」(たかみくら)、皇后の御座「御帳台」(みちょうだい)が置かれている。

 即位の礼で使用されるもので、大正天皇の即位式の際に制作されたもの。

 大正・昭和・平成・今上天皇が使用されている。




承明門
承明門

 承明門は内郭の正門で、この先が紫宸殿。

 外郭の建礼門と相対する門。



建礼門
建礼門

 建礼門は、京都御所の正門。

 即位の礼など紫宸殿で重要な儀式があるときに開かれる。



〜平安宮の外郭門〜

平安宮内裏南限跡と建礼門跡
リンクボタン建礼門跡
平安宮 内裏東限と建春門跡
リンクボタン建春門跡




京都御所宜陽殿
宜陽殿

 紫宸殿の回廊に続く建物は、江戸時代に復元された宜陽殿。

 平安宮宜陽殿は、歴代天皇の御物・宝物が保管されていた殿舎だった。










〜紫式部の『源氏物語』〜

 紫式部『源氏物語』の主人公は光源氏

 父は桐壺帝

 桐壺帝の第一皇子(のちの朱雀帝)は紫宸殿で、第二皇子(光源氏)は清涼殿で元服式を行った。

 光源氏が朧月夜と出逢った桜の宴は紫宸殿で行われている。

 弘徽殿には、朱雀帝の母・弘徽殿女御が居住。

 淑景舎には、光源氏の母・桐壺更衣が居住。

 飛香舎には、桐壺更衣亡き後、桐壺帝の後妻となった藤壺中宮が住んだ。



平安宮内裏跡
リンクボタン平安宮内裏跡





〜左近の「鎌倉桜」〜

 南北朝時代の公卿・洞院公賢の日記『園太暦』(えんたいりゃく)には、1357年(延文2年)3月19日、南庭に桜が植えられ、非常にすぐれた美しさで「鎌倉桜」という名であることが記録されている。

 「今日南庭渡栽桜樹、殊絶美花也、号鎌倉云々」

 「鎌倉桜」とは、鎌倉の原産の「桐ヶ谷」という桜で、足利尊氏が植えたのだと伝えられている。



鎌倉桜桐ヶ谷
リンクボタン桐ヶ谷





〜現存する最古の紫宸殿〜

仁和寺金堂
リンクボタン仁和寺金堂

 仁和寺金堂は、御所の紫宸殿を移築したもので、1613年(慶長18年)の建立。

 現存する最古の紫宸殿なのだという。





清涼殿
リンクボタン清涼殿
(京都御所)

 紫宸殿が儀式を行う殿舎であるのに対し、清涼殿は天皇の御殿として日常の政務や諸公事が行われた殿舎。










京都御所
リンクボタン京都御所

京都府京都市上京区京都御苑3

地下鉄烏丸線「今出川駅」より徒歩5分



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