鎌倉手帳(寺社散策)

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龍口法難会
〜ぼたもち供養 鎌倉:常栄寺〜

編集:yoritomo-japan.com








ぼたもち供養


 1271年(文永8年)9月12日、幕府の勘気にふれて捕らえられた日蓮は、裸馬に乗せられて龍ノ口刑場へと護送されます。

 そこへ老婆(桟敷の尼)が護送される日蓮に「ゴマ入りのぼたもち」を捧げたところ、奇跡的に処刑を免れたという伝説が残されています。

 鎌倉の常栄寺では、9月12日に、その言い伝えにちなんだ「ぼたもち供養」(龍口法難会)が行われています。





ご難除ぼたもち


 伝説によると・・・日蓮を処刑しようとすると、江ノ島方面から光が発し、処刑執行者の振り上げた刀が折れ、処刑が中止されたと言われています。 その後、日蓮は佐渡に流されます。

 法難会では、「首継ぎのぼた餅」の言い伝えから、ゴマのぼた餅が供えられます。
 (参考:龍ノ口法難



万灯


 宝塔を造花で飾った万灯が常栄寺妙本寺のある大町を練り歩きます。

 万灯は日蓮が亡くなるときに、庭の桜が季節はずれの花を咲かせたという故事にちなむものです。





源頼朝の千羽鶴の放生会と桟敷の尼










日蓮
リンクボタン鎌倉と日蓮

 日蓮は、1253年(建長5年)に法華宗を開き、翌年、鎌倉に出て、布教を開始します。

 小町大路を中心に辻説法を行い、1260年(文応元年)7月16日には『立正安国論』を著し、北条時頼に提出しました。

 ※写真は池上本門寺蔵。


〜日蓮の四大法難〜

リンクボタン松ヶ谷法難 リンクボタン伊豆法難

小松原法難 リンクボタン龍ノ口法難



日朗の土牢
リンクボタン日朗の土牢 と日蓮の御書
(光則寺)

 龍ノ口法難では、弟子の日朗も捕えられました。

 日蓮は、宿谷光則邸(光則寺)の土牢に幽閉された日朗に手紙を書いたのだといいます。





龍口法難会・妙本寺
リンクボタン妙本寺の法難会
龍口法難会・龍口寺
リンクボタン龍口寺の法難会

 妙本寺では祖師堂が公開されます。

 日蓮が護送された龍口刑場跡に建てられた龍口寺では、11日から13日にかけて法会が執り行われ、特に12日にの夜に最大の盛り上がりとなります。





常栄寺
リンクボタン常栄寺

 常栄寺は、日蓮に「ゴマ入りのぼたもち」を捧げた桟敷の尼が住んでいたという所。
 「桟敷」とは、源頼朝由比ヶ浜で行った「千羽鶴の放生会」を観覧するために設けられた展望台のこと。尼はその管理をしていたという。


鎌倉市大町1−12−11
0467(22)4570

鎌倉駅東口より徒歩5分









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