鎌倉手帳(寺社散策)

池上本門寺
〜日蓮入滅の霊跡〜

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池上本門寺


 1282年(弘安5年)、日蓮は病気療養のため身延山を下りて常陸に向かうが、その途中、武蔵国の池上宗仲邸で亡くなった。

 池上本門寺は、日蓮入滅の霊跡に建てられている。

 池上邸で最後の時を過ごした日蓮は、その背後の山上に堂宇を建立し、「法華経の道場として長く栄えるように」という祈りを込めて「長栄山本門寺」と命名した。

 それが本門寺の始まり。

 日蓮の死後、池上宗仲が法華経の文字数に合わせた約7万坪の土地を寄進し、弟子の日朗がその基礎が築き上げた。

 以後、「池上本門寺」と称され、鎌倉・室町・江戸の各時代を通じて栄えた。





池上本門寺総門
総門と扁額

池上本門寺扁額
扁額


池上本門寺石段
石段

 総門の先にある長い石段は、日蓮宗信者だった加藤清正が寄進したものと伝えられている。

 段数は九十六段。

 法華経宝塔品(ほうとうぼん)の偈文九十六字にちなんでいるといわれ、別名を「此経難持坂」(しきょうなんじざか)という。


前田利家室宝塔
前田利家室の宝塔

 1622年(元和8年)に、前田利家の側室寿福院が建てた逆修塔。

 寿福院は、熱心な日蓮宗信者。

 実子の利常が加賀藩三代藩主になると、徳川家との関係を保つため江戸へ人質として下り、1631年(寛永8年)加賀藩江戸屋敷で亡くなった。

 池上本門寺で荼毘に付されている。


池上本門寺梵鐘
梵鐘

 1647年(正保4年)、加藤清正の娘で、紀州藩祖の徳川頼宣の正室となった瑤林院が寄進した梵鐘。







池上本門寺仁王門
仁王門
池上本門寺五重塔
五重塔

池上本門寺経蔵
経蔵
池上本門寺日朗堂
日朝堂



池上本門寺
池上本門寺

 「池上」という地名の由来には、洗足池の上手にあったからとする説や、池上宗仲の氏名から付けられたとする説がある。


東京都大田区池上1−1−1

東急池上線 池上駅下車徒歩10分






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