鎌倉手帳(寺社散策)

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渋沢栄一2021年大河「晴天を衝け」
北条義時2022年大河「鎌倉殿の13人」



安達藤九郎盛長の墓
〜伊豆:修善寺〜

編集:yoritomo-japan.com







安達盛長の墓


 修善寺の梅林に向かう途中にある「安達藤九郎盛長の墓」。

 安達盛長は、源頼朝の乳母を務めた比企尼の娘婿で、伊豆国の蛭ヶ小島に配流の身のとなった頼朝を仕えた武将。

 頼朝が亡くなった翌1200年(正治2年)4月26日に死去。

 なぜ修善寺に安達盛長の墓があるのは不明だが、盛長の娘が修禅寺で最期を遂げた源範頼の妻だったということに関係があるのかもしれない。 


安達盛長



〜源範頼の妻・亀御前の伝説〜

 埼玉県北本市にある高尾阿弥陀堂は、源範頼の妻・亀御前を弔うために建てられたのだという。

 伝説によると、亀御前は、修禅寺範頼が自刃したことを知ると、後を追うように自刃したのだという。

 亀御前は安達盛長の娘で、北本市(武蔵国石戸)は盛長が領していた土地だったのだという。


高尾阿弥陀堂
リンクボタン高尾阿弥陀堂
(北本市)



〜範頼とその子範圓・源昭〜

 源範頼の妻は、安達盛長と丹後内侍の娘。

 丹後内侍は、源頼朝の乳母を務めた比企尼の長女。

 範頼が謀反を疑われて修禅寺に流された際、子の範圓と源昭は、比企尼の嘆願により助命され、その子孫が吉見氏として続いたと伝えられている。


源範頼墓
リンクボタン源範頼の墓


源範頼の謀反







歴史めぐり源頼朝



修禅寺
リンクボタン修禅寺

 「修善寺」という地名は、弘法大師によって開創された修禅寺をその由来としている。


静岡県伊豆市修善寺964

伊豆箱根鉄道駿豆線「修善寺駅」より
修善寺温泉行バス。
「修善寺温泉」下車



修禅寺歴史めぐりMAP
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(伊豆の国市)

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