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教 恩 寺
=平重衡が信仰した阿弥陀仏=

編集:yoritomo-japan.com







鎌倉:教恩寺


 山門の十六羅漢の彫刻が見事な教恩寺(時宗)は、一ノ谷の戦いで捕らえられた平清盛の子・重衡に縁のある寺。

 重衡は、南都焼討によって、奈良の東大寺興福寺を焼いた武将。

 一ノ谷の戦いで捕らえられて鎌倉に来た際に、源頼朝より一族の冥福を祈るように阿弥陀像を与えられたのだという。

 その像が教恩寺の本尊で、運慶作と伝えられている。

 もともとこの地には、光明寺末の善昌寺があったが廃寺となったため、1678年(延宝7年)、貴誉上人によって光明寺境内にあった北条氏康建立と伝わる教恩寺が移築されたといわれている。

 その後、浄土宗より時宗に改宗したと考えられる。


リンクボタン鎌倉観音巡礼第12番札所
(聖観世音)

開山:知阿
開基:北条氏康
本尊:阿弥陀如来三尊


リンクボタン時宗総本山遊行寺(清浄光寺)

リンクボタン鎌倉の時宗の寺






 もともと教恩寺は、平重衡と直接関係のある寺ではないが、重衡は、源頼朝が与えられたという教恩寺の本尊「阿弥陀如来像」に深く帰依したといわれている。

 重衡が往生できるよう祈願すると阿弥陀像が三度うなずいたという伝説もある。

 かつて、教恩寺の寺宝の中には、重衡と千手前(源頼朝の侍女)が酒を酌み交わしたという杯があったといわれ、黒の漆塗りで、梅の蒔絵が施してあった杯だったと伝えられている。


教恩寺:阿弥陀如来
リンクボタン阿弥陀如来像


一の谷古戦場
リンクボタン一ノ谷古戦場
平重衡とらわれの松跡
リンクボタン平重衡
とらわれの松跡







〜南都焼討〜

東大寺
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興福寺
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リンクボタン南都焼討と東大寺の再興〜重源と源頼朝〜



教恩寺彫刻
山門の十六羅漢の彫刻


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教恩寺
教恩寺

鎌倉市大町1−4−29

0467(22)4457

鎌倉駅東口から徒歩7分



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