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京都:栂尾山高山寺

編集:yoritomo-japan.com







高山寺金堂
金堂


 高山寺(こうざんじ)は、774年(宝亀5年)に開かれたと伝えられる古刹で、平安時代には神護寺の別院(都賀尾坊)だったが、1206年(建永元年)、明恵が後鳥羽上皇より栂尾の寺域を賜り中興した。

 真言宗の寺院で山号は栂尾山。本尊は釈迦如来。

 境内の茶畑は、我が国臨済宗の開祖栄西が、中国の南宋から持ち帰った種を明恵にが譲り受けて植えたものと伝えられ、日本最古の茶園として知られている。

 平安時代末から鎌倉時代初期にかけて成立したと考えられる「鳥獣人物戯画」(ちょうじゅうじんぶつぎが)は、「日本最古の漫画」ともいわれるもので国宝。


〜金堂〜

 1219年(承久元年)に完成した高山寺の本堂は、現在の金堂が建てられている場所にあって、運慶作の丈六盧舍那仏が安置されていたというが室町期に焼失。

 現在の金堂は、江戸時代に仁和寺真光院から移築されたもの。本尊は釈迦如来。

 神護寺に所蔵されている「高山寺絵図」には、1230年(寛喜元年)の高山寺は、大門、金堂、三重塔、阿弥陀堂、羅漢堂、鐘楼、経蔵、鎮守社などが建ち並んでいた様子が描かれている。





高山寺石水院
石水院(国宝)

 高山寺は、中世以降、度重なる戦乱によって、明恵当時の遺構は石水庵のみとなった。

 石水庵は鎌倉初期の寝殿風住宅様式で、後鳥羽上皇の賀茂別院を移築したものと伝えられ国宝に指定されている。


高山寺旧石水院跡
旧石水院跡

 かつて石水庵があった場所。

 1889年(明治22年)に現在地に移築された。


高山寺開山堂
開山堂(国重文)

 開山堂は江戸時代に再建された建物。

 国の重要文化財に指定されいる明恵の肖像彫刻(国重文)が安置されている。


高山寺明恵廟
明恵廟

 高山寺の実質的な開基といわれる明恵は、叔父である神護寺の上覚(文覚の弟子)に師事し、仁和寺東大寺で学び、栄西に禅を学んだ。

 明恵の教えは華厳密教とも称された。
 1232年(寛喜4年)1月19日死去。







日本最古の庭園
日本最古の茶園

 高山寺は、日本ではじめて茶が作られた場所。

 栄西が中国から持ち帰った茶の種を明恵が譲り受けて山内で育てたのだと伝えられる。

 現在の茶園は、僧房十無尽院(じゅうむじんいん)があった場所と考えられ、明恵が作った茶園は清滝川の対岸にあったという。

京都:高山寺



〜宇治に茶の木を移植した明恵〜

 明恵は栂尾で育てら茶の木を栽培に適した宇治の地に移植させた。
 これが宇治茶の始まりとなる。

 その折、里人がどのような間隔で植えればいいか悩んでいると、畑に馬を乗り入れ、馬の蹄の跡に植えるよう指示したという。

 宇治の黄檗山萬福寺の総門前に碑が立てられている。 


萬福寺駒蹄影園址碑
リンクボタン駒蹄影園址碑



〜栄西と茶〜

建仁寺茶碑
リンクボタン茶碑
(建仁寺)
建仁寺桑の碑
リンクボタン桑の碑
(建仁寺)

 栄西の著した『喫茶養生記』には、「茶は養生の仙薬、延齢の妙術 桑は諸病を治する妙薬」と説かれている。



歴史めぐり源頼朝



高山寺
高山寺

京都市右京区梅ヶ畑栂尾町8

京都駅からJRバス「高雄・京北線」で約50分
「栂尾」下車。



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