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道灌まつり
〜伊勢原市観光イベント〜

編集:yoritomo-japan.com







 新型コロナウイルス感染拡大防止のため、2021年の道灌まつりは中止


太田道灌像(伊勢原市役所)


 「道灌まつり」は、伊勢原市の観光イベント。

 文武両道に秀で、伊勢原市で生涯を閉じた戦国武将・太田道灌にちなんで付けられた名称。

 太田道灌公鷹狩り行列、北条政子日向薬師参詣行列、観光総おどりなどの催しが予定されています。

 毎年10月の土日に開催されています。

 「太田道灌公鷹狩り行列」、「北条政子日向薬師参詣行列」は、毎年、有名人が太田道灌と北条政子に扮して行われています。


2021年の道灌まつり

10月2日(土)
午後1時〜午後7時30分
10月3日(日)
午前10時〜午後7時30分


「太田道灌公鷹狩り行列」
「北条政子日向薬師参詣行列」
?月?日(?)午後?時?分
桜台交差点スタート


詳しいプログラムは伊勢原市HPで。


太田道灌像(伊勢原市役所)
太田道灌像
(伊勢原市役所)







〜道灌の鷹狩りと山吹の伝説〜

ヤマブキ
リンクボタンヤマブキ

(鎌倉:英勝寺)


 ある時、太田道灌が鷹狩りに出掛けました。

 雨に降られたので、農家に立ち寄って蓑を借りようとしたところ、少女に山吹の花を差し出されたそうです。

 怒った道灌はそのまま雨の中を帰ったといいます。

 その夜、道灌は家臣にそのことを話しました。

 すると、家臣は、兼明親王の古歌に山吹を詠んだものがあることを話したといいます。

 その時はじめて、少女の差し出した山吹が、 「貧しくてお貸しする蓑もない」という意味であったことを知りました。

 教養のなさを恥じた道灌は、その後学問に励んだといいます。


太田道灌鷹狩り行列
鷹狩り行列


「七重八重花は咲けども山吹のみ(実)のひとつだになきぞかなしき」
 
 この歌は、後醍醐天皇の第十六皇子兼明親王が詠んだ歌です。

 雨が降った日に来客があって、帰りがけに「蓑を借りたい」といわれたので、山吹の枝を持たせると、客は訳が分からず帰っていきました。

 後日、山吹の意味を問われたのでこの歌を送ったということです。

 歌の意味は、「山吹の花は八重七重に咲くのに実が結ばない」ということですが、裏を返すと「お貸しする蓑一つなくて申し訳ない」ということなのだそうです。







〜日向薬師〜
(源頼朝と北条政子が信仰した古刹)

日向薬師
リンクボタン日向薬師



 鎌倉幕府の記録『吾妻鏡』によると、日向薬師は「この国に2つとない効験のある薬師如来」として源頼朝北条政子が信仰していました。

 1192年(建久3年)8月9日、のちの三代将軍となる源実朝誕生に際しは、安産祈願所となりました。

 1194年(建久5年)8月8日、源頼朝は長女・大姫の病気治癒祈願のため参詣しています。

 北条政子の参詣は、1210年(承元4年)6月8日と1211年(建暦元年)7月8日に記録されています。


太田道灌鷹狩り行列
参詣行列







〜太田道灌の墓〜

 伊勢原市には2つの太田道灌の墓があります。

太田道灌の墓
リンクボタン道灌塚

(洞昌院)
太田道灌の墓(伊勢原市・大慈寺)
リンクボタン太田道灌の墓

(大慈寺)



〜日本遺産〜

日本遺産大山詣

 江戸時代に盛んにおこなわれた大山詣。

 招福除災を祈願して木太刀を奉納する風習がありました(納め太刀)。

 これは、源頼朝大山寺に「武運長久」を祈願して太刀を奉納したことに始まるのだと伝えられています。







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