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日 向 薬 師
日向山霊山寺(宝城坊):伊勢原市

編集:yoritomo-japan.com








日向薬師


 今日、日向薬師と呼ばれている霊域は、716年(霊亀2年)に行基によって開かれた霊山寺がそのはじまりとされ、薬師如来の霊場として信仰されてきた。

 鎌倉幕府の記録『吾妻鏡』にも、「是行基菩薩建立、薬師如来霊場也」と記され、源頼朝北条政子も参詣している。

 しかし、明治の神仏分離令、さらに、それに伴う廃仏毀釈の影響も受け、現存しているのは、その一坊であった宝城坊のみ。

 宝城坊は、旧霊山寺の別当坊で、本堂は霊山寺の本堂を引き継いだもの(国の重要文化財)。
 
 源実朝誕生の際は、北条政子安産祈願所となった。

 現在の本堂は、江戸幕府から丹沢の立木100本の寄進を得て、1660年(万治元年)に再建されたものと考えられていたが、平成の大修理で、天井板の裏側に「延享二年」(1745年)と記された墨書が見つかっている。



日向薬師は、峯薬師・柴折薬師とともに日本三大薬師の一つ(三大薬師については諸説ある。)。

日向薬師は「かながわの景勝50選」。

本堂は平成の大修理が終わり、平成28年11月20日、落慶法要が行われた。



日向薬師
修理工事前の本堂





日向薬師
リンクボタン鐘堂
国重文の銅鐘
日向薬師
リンクボタン二本杉
足利基氏の
幡掛けの杉


日向薬師
リンクボタン宝殿
本尊薬師三尊
(国重文)
日向薬師
リンクボタン虚空蔵菩薩


日向薬師
リンクボタン衣裳場
(いしば)
源頼朝の着替所
日向薬師
リンクボタン仁王門
鎌倉仏師の仁王像


日向薬師
リンクボタン寺林
(神奈川県天然記念物)


日陰道
リンクボタン日陰道
日向古道
駒つなぎの松
リンクボタン駒つなぎの松
源頼朝ゆかりの松









〜大姫の病気治癒祈願〜

 源頼朝は、1194年(建久5年)、木曽義高との悲恋が原因で病となった長女大姫の治癒祈願のため、霊山寺(日向薬師)を参詣し、「大太鼓」を納めたのだといわれている。

 この年の7月29日、源頼朝大姫が危篤状態に陥った。

 八方手を尽くしてもその効果が表れなかったことから、8月8日明け方、相模国で知られた日向薬師を参詣したと伝えられている。 


リンクボタン源頼朝の日向参詣〜大姫の病気治癒祈願〜

リンクボタン日向薬師の大太鼓の伝説



岩船地蔵堂(鎌倉市)
リンクボタン岩船地蔵堂
(鎌倉)
木曽塚
リンクボタン木曽塚
(鎌倉:常楽寺)

 岩船地蔵堂の石造地蔵尊(岩船地蔵)は、大姫の守本尊と伝えられ、常楽寺裏山にある木曽塚は、木曽義高の墓と伝えられている。





〜北条政子の参詣〜

 1210年(承元4年)6月8日、北条政子日向薬師を参詣。

 翌1211年(建暦元年)7月8日には、源実朝の妻・坊門姫とともに参詣している。

 毎年10月の伊勢原市・道灌まつりでは「北条政子日向薬師参詣行列」が行われている。


道灌まつり





〜白髯神社の伝説〜

 日向薬師の参道入口の近くにある白髯神社は、高句麗王族の若光が祀られている社。

 日向薬師を創建しようとした行基の前に、熊野権現と白髯明神が現れ、行基は、薬師如来像を彫るための霊木を与えられたという。


白髯神社
リンクボタン白髯神社





日向のヒガンバナ
リンクボタン日向のヒガンバナ
日陰道のアジサイ
リンクボタン日陰道のアジサイ


初薬師
リンクボタン初薬師










〜日向薬師から大山寺へ〜

浄発願寺
リンクボタン浄発願寺
石雲寺
リンクボタン石雲寺

浄発願寺奥ノ院
リンクボタン浄発願寺奥ノ院
ハイキングコース
ハイキングコース


大山寺
リンクボタン大山寺



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大山の紅葉

大山の秋・・・大山寺から日向薬師へ(okadoのブログ)








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日向薬師
日向薬師

伊勢原市日向1644
0463−95−1416

小田急線「伊勢原駅」より『バス』日向薬師行き終点下車すぐに参道あり


リンクボタン源頼朝ゆかりの大山寺・日向薬師・飯山観音を巡る



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