鎌倉手帳(寺社散策)

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    渋沢栄一「晴天を衝け」  武士「鎌倉殿の13人」



宋の国に憧れた将軍
〜源実朝の渡宋計画〜


編集:yoritomo-japan.com







唐船


 1216年(建保4年)6月15日、宋国の工人陳和卿源実朝に対面。

 和卿は、平重衡の南都焼討によって焼かれた奈良・東大寺大仏鋳造と大仏殿の建設に尽力した人物。


 「将軍はその昔、宋の医王山の長老であり、私はその弟子でありました」

 と語られた実朝は、夢の中に現れた高僧にも同じことを言われていたことから、それを信じてしまったのだとか・・・。

 そして、11月24日、実朝は急に渡宋を思い立ち、和卿に命じて唐船を建造させることにする。

  船は海岸で造られ、1217年(建保5年)4月17日に完成したが・・・

 何故か進水させることができず、実朝の夢は絶たれた。


船玉神社
リンクボタン船玉神社
(藤沢市)

 渡宋のための船の用材は、現在の藤沢市大鋸の辺りから切り出されたと伝わっている。

  船玉神社は、旧鎌倉道沿いにある神社。


由比ヶ浜
リンクボタン由比ヶ浜






〜実朝請来の仏舎利〜

 実朝の渡宋計画は失敗に終わったが、その憧れからか、宋の能仁寺より仏舎利を請来している。

 その仏舎利は、勝長寿院に安置された後、自らが創建した大慈寺に納められていたのだという。

 現在は、円覚寺塔頭正続院にある舎利殿に納められている。


大慈寺跡
リンクボタン大慈寺跡碑

円覚寺舎利殿
リンクボタン円覚寺舎利殿



〜実朝が植えたビャクシン〜

鶴岡八幡宮のビャクシン
リンクボタン鶴岡八幡宮のビャクシン

 鶴岡八幡宮若宮の社殿横のビャクシンは、実朝が宋から苗を取り寄せて植えたものと伝えられる。

 建長寺ビャクシンと並んで貴重な古木。


〜宋国から贈られた古碑〜

江島霊迹建寺の碑
リンクボタン江島霊迹建寺の碑
(江の島)

 江島神社辺津宮にある江島霊迹建寺の碑は、1204年(元久元年)、実朝が宋国に使節を送った際、宋の慶仁禅師より贈られた石碑と伝えられている。







源実朝像
リンクボタン源実朝


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