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| 小田原の勝福寺は、真言宗東寺派の寺院。 奈良時代、左遷されて下野国薬師寺に赴く途中の僧道鏡が、孝謙上皇から賜った十一面観音(唐僧鑑真が請来したもの)を泰安するため、相模国足柄下郡千代村に建てた堂宇をその始まりとする。 当初は、普陀落山弓削寺と称し 道鏡の出身弓削氏の氏寺だったのだという。 平安時代の830年(天長7年)に飯泉(現在地)に移され、室町時代に勝福寺と称するようになった。 現在の本堂は、1706年(宝永3年)に再建されたもの(県指定文化財)。 本尊の木造十一面観音立像は平安時代のもので藤原朝風の像といわれている(県指定文化財)。 坂東三十三箇所の札所で山号は飯泉山。 「飯泉観音」の名で知られている。 本尊は33年に一度開帳される秘仏(前回開帳は2014年)。 |

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| 仇討ちで知られる曽我兄弟は、この寺に日参し、仁王像より怪力を授かったと伝えられている。 現在の仁王門は1758年(宝暦8年)の造立。 |


| 1704年(宝永元年)、江戸神田の小沼播磨守藤原正永の鋳造(市指定文化財)。 |

| 1629年(寛永6年)、小田原の鋳物師青木源右衛門の鋳造(市指定文化財)。 |

| 伝説によると・・・ 勝福寺の馬頭観音は、1221年(承久3年)の承久の乱で敗れた京都側の武士が、戦いや逃げる途中で死なせてしまった愛馬を供養するために彫って安置したことに始まるのだという。 2026年(令和8年)は、坂東三十三観音午年特別結縁の年。 勝福寺では馬頭観音が開帳される予定(4月1日から11月30日)。 |

| 鎌倉の鶴岡八幡宮の分霊を奉遷。 |

| 樹齢700年で県指定の天然記念物。 |

| 1804年(文化元年)、二宮金次郎(のちの尊徳)は、旅僧の「観音経」を聞いて感ずるところがあったという。 |

| 二宮尊徳夫人生誕地碑は、勝福寺の裏側。 |

| 『吾妻鏡』によれば、1192年(建久3年)5月8日、源頼朝が後白河法皇の四十九日法要を勝長寿院で行った際には、勝福寺の僧も2名参列している。 他は、鶴岡八幡宮20人、勝長寿院13人、伊豆山権現18人、箱根権現18人、高麗寺3名、大山寺3人、金目観音3人、六所神社3人、岩殿寺2人、杉本寺1人、窟不動1人、慈光寺10人、浅草寺3人、真慈悲寺3人、国分寺3人。 |


| 小田原市飯泉1161 JR・小田急電鉄小田原駅からバス 新松田、下曽我方面行「飯泉観音前」下車すぐ |
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