鎌倉手帳(寺社散策)

勝福寺(飯泉観音)
〜坂東三十三箇所五番〜

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勝福寺・飯泉観音


 小田原の勝福寺は、真言宗東寺派の寺院。

 奈良時代、下野国薬師寺に赴く途中の僧道鏡が、孝謙上皇から賜った十一面観音(唐僧鑑真が請来したもの)を泰安するため、相模国足柄下郡千代村に建てた堂宇をその始まりとし、平安時代の830年(天長7年)に飯泉(現在地)に移され、室町時代に勝福寺と称するようになったという。

 現在の本堂は、1706年(宝永3年)に再建されたもの(県重文)。

 本尊の木造十一面観音立像は平安時代のもので藤原朝風の像といわれている(県重文)。

 坂東三十三箇所の札所で「飯泉観音」の名で知られている。


当初は、普陀落山弓削寺と称し 道鏡の出身弓削氏の氏寺であったという。


リンクボタン坂東三十三観音〜神奈川県の札所〜





勝福寺・仁王門


飯泉観音・仁王像 飯泉観音・仁王像

 仇討ちで知られる曽我兄弟は、この寺に日参し、仁王像より怪力を授かったと伝えられている。



青銅手水
青銅の手水鉢
(市重要文化財)
飯泉観音鐘楼
銅鐘
(市重要文化財)

馬頭観音堂
馬頭観音堂
八幡神社
八幡神社

飯泉観音・大銀杏
大銀杏
(県天然記念物)



二宮金次郎
二宮金次郎
本尊礼拝の像
二宮尊徳夫人生誕地碑
二宮尊徳夫人
生誕地碑


 1804年(文化元年)、二宮金次郎(のちの尊徳)は、旅僧の「観音経」を聞いて感ずるところがあったという。


二宮尊徳夫人生誕地碑は、勝福寺の裏側。


二宮尊徳



〜後白河法皇の四十九日法要〜

 『吾妻鏡』によれば、1192年(建久3年)5月8日、源頼朝が後白河法皇の四十九日法要を勝長寿院で行った際には、勝福寺の僧も2名参列している。

 他は、鶴岡八幡宮20人、勝長寿院13人、伊豆山権現18人、箱根権現18人、高麗寺3名、大山寺3人、金目観音3人、六所神社3人、岩殿寺2人、杉本寺1人、窟不動1人、慈光寺10人、浅草寺3人、真慈悲寺3人、国分寺3人。







歴史めぐり源頼朝



勝福寺・飯泉観音
勝福寺:飯泉観音

小田原市飯泉1161

JR・小田急電鉄小田原駅から富士急バス
新松田、下曽我方面行「飯泉観音前」下車すぐ



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