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六波羅蜜寺の弁財天堂の六波羅弁財天は、崇徳天皇の夢告により禅海によって造立されたもの。 崇徳天皇(上皇)は、1156年(保元元年)の保元の乱で讃岐へ流罪となり、1164年(長寛2年)に崩御。 崇徳天皇が亡き後、弁財天は、寵愛されていた阿波内侍(あわのないし)が屋敷を寺として建立した弁財天堂に祀られていたのだと伝えられ、明治の廃仏毀釈によって六波羅蜜寺に移されたのだという。 |
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悪縁切りで知られる安井金毘羅宮は、崇徳上皇が阿波内侍を住まわせた藤寺から始まる。 安井金毘羅宮の北側には、阿波内侍が崇徳上皇の遺髪を譲り受けて築いた崇徳天皇御廟がある。 崇徳上皇亡き後、出家した阿波内侍は大原の寂光院に入り、壇ノ浦の戦いで平家が滅亡した後、寂光院に隠棲した建礼門院徳子の最期を看取ったのだとか。 |
六波羅弁財天は、日本最古という「都七福神」の一つ。 他の神は、ゑびす(ゑびす神社)、大黒天(松ヶ崎大黒天)、毘沙門天(東寺)、福禄寿(赤山禅院)、寿老神(革堂)、布袋尊(萬福寺) |
六波羅蜜寺のもう一つの弁財天は金運にご利益の「銭洗い弁財天」。 |
六波羅蜜寺は、空也上人によって開かれた西光寺を前身としている寺。 平安時代後期には、平清盛をはじめとする平家一門の屋敷が建ち並んでいた。 |
京都市東山区松原通大和大路東入2丁目轆轤町 京阪「清水五条駅」から徒歩5分 JR京都駅から市内循環バス「清水道」下車徒歩5分。 |
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