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| 「磨墨」(するすみ)は、源頼朝が愛用していたという名馬。 1180年(治承4年)、伊豆で源氏再興の挙兵をした源頼朝は、石橋山の戦いに敗れた後、真鶴から安房国へと渡り、千葉常胤、上総広常らの武将を従えて鎌倉へと向かった。 『通俗荏原風土記』によると、その折、上総広常から上総国硯村の馬を献じられ、磨墨と名付けたのだという。 1183年(寿永3年)、頼朝は木曽義仲追討のため出陣する佐々木高綱と梶原景季に、それぞれ自らの愛馬である「生食」(いけづき)と「磨墨」を与えた。 名馬を与えられた2人は、「宇治川の合戦」で先陣を競い合ったと伝えられている。 「磨墨」は馬込の産といわれ、万福寺の山門前には磨墨像が置かれている。 |
| ※ | 磨墨の伝承は、大田区以外にも全国各地に残されている。 |
(宇治市) |
(洗足池) |
(横浜市) |
(鎌倉) |
| 高綱が源頼朝から賜った名馬「生食」は、鳥山(横浜市港北区)の高綱館(鳥山八幡宮付近)で余生を過ごしたのだという。 高綱は、「生食」の霊を慰めるために駒形明神を建てたというが、今はなく、その代わりに馬頭観音堂が残されている。 鎌倉の御馬冷場は、生食と磨墨の足洗場だったのだと伝えられている。 |



| 大田区南馬込1−49−1 「JR大森駅」より「荏原行き」バス 「万福寺前」下車徒歩5分 |
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