鎌倉手帳(寺社散策)

鎌倉殿の13人 二代執権北条義時
特集!「鎌倉殿の13人」伊豆国編 特集!「鎌倉殿の13人」鎌倉編

紅葉



源実朝の木造五輪塔

編集:yoritomo-japan.com








源実朝の木製五輪塔


 源実朝のものと伝えられている五輪塔(鎌倉国宝館に寄託)。

 実朝は、1219年(建保7年)に鶴岡八幡宮公暁に暗殺され、その御首(みしるし)は、三浦義村の家臣・武常晴によって波多野の地に埋葬されたのだという。

 供養には、壽福寺退耕行勇(たいこうぎょうゆう)が招かれ、木造の五輪塔が建てられたのだと伝えられている。



リンクボタン源実朝の首と七騎谷の伝説

リンクボタン源実朝と壽福寺の退耕行勇





源実朝首塚
リンクボタン源実朝公御首塚
(秦野市)

 1250年(建長2年)、実朝の三十三回忌に金剛寺を再興した波多野忠綱は、木造の五輪塔を石造に建て替えたのだと伝えられている。


秦野金剛寺
リンクボタン金剛寺
(秦野市)

 金剛寺は、実朝の首が埋葬されたことに始まると伝えられている寺院。


波多野城址の碑
リンクボタン波多野城址

 波多野氏は、平安時代末から鎌倉時代にかけて相模国波多野荘(現在の秦野市)を本領とした。

 佐伯経範を祖とし、平将門の反乱を鎮めた藤原秀郷の後裔だといわれている。









源実朝の暗殺

源実朝が暗殺された日





鎌倉手帳
(鎌倉情報トップ)


紅葉


後鳥羽VS義時
承久の乱
60年に一度の祭礼
円覚寺洪鐘祭

2022年の大河は北条義時
鎌倉殿の13人 北条義時
特集!「鎌倉殿の13人」伊豆国編 特集!「鎌倉殿の13人」鎌倉編