鎌倉手帳(寺社散策)

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常 楽 寺
〜河越館跡:川越〜


編集:yoritomo-japan.com







常楽寺


 常楽寺は、河越氏の館跡の一角に建てられている時宗の寺院。

 本尊は阿弥陀如来。

 河越氏の持仏堂が始まりとされ、1305年(嘉元3年)、常楽寺に改められた。

 1487年(長享元年)から始まった山内上杉家扇谷上杉家との戦い(長享の乱)では、扇谷上杉家の河越城(川越城)を攻略するため、山内上杉家の上杉顕定(関東管領)がここに上戸陣を置いた。

 1590年(天正18年)の豊臣秀吉による小田原征伐では、河越城を守っていた大道寺政繁がこの寺で自刃している。

 源頼朝に仕えた河越重頼と、その娘で源義経に嫁いだ郷御前、義経の供養塔が建てられている。


常楽寺





常楽寺鐘楼門(仁王門)
鐘楼門
(仁王門)

常楽寺仁王像 常楽寺仁王像


常楽寺石灯籠
石灯籠

 鐘楼門前に置かれた石灯籠は、芝増上寺の徳川将軍の廟にあったもの。



河越重頼・郷御前・源義経の供養塔
河越重頼・郷御前・源義経の
供養塔


 河越重頼の妻は、源頼朝の乳母を務めた比企尼の次女河越尼。

 その娘郷御前は、頼朝の命により源義経に嫁いだ。

 その後、頼朝と義経が対立すると、重頼は誅殺され、義経と郷御前は奥州平泉に逃れたが、藤原泰衡に攻められて衣川館で最期を遂げた。

 3名の供養塔は2006年(平成18年)に建てられた。

 郷御前の供養塔は「京姫」となっているが、京都にいた義経に嫁いだことからそう呼ばれていたのだという。

 菓子屋横丁のある元町の養寿院には、重頼の墓と伝えられる五輪塔がある。


高館義経堂
リンクボタン衣川館跡
(平泉)
平泉・金鶏山
リンクボタン郷御前の墓
(平泉)


河越重頼の墓
リンクボタン河越重頼の墓
(川越市:養寿院)



〜河越館跡と日枝神社〜

河越館跡
リンクボタン河越館跡
日枝神社
リンクボタン日枝神社

 河越館跡の西にある日枝神社は、河越氏が京都東山の新日吉山王社を勧請した社で、河越荘の総鎮守だった。







源義経

歴史めぐり源頼朝



常楽寺
常楽寺

川越市大字上戸194

東武東上線霞ヶ関駅から徒歩15分


小江戸川越歴史めぐり



川越歴史めぐり
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