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| 江の島武者行列は、源頼朝が江の島で行った戦勝祈願を再現するイベント。 頼朝を大将とする勇壮な武者行列が江の島弁財天仲見世通りを練り歩きます。 源頼朝役は、ふじさわ観光親善大使のつるの剛士さん。 |
| スケジュール 3月14日(土) |
| 10:00 青銅の鳥居から出発 10:15 朱の鳥居到着 10:20 江島神社辺津宮にて戦勝祈願 10:50 朱の鳥居を出発 11:00 青銅の鳥居到着 |
| 源頼朝と江の島弁財天 |
| 『吾妻鏡』によると・・・ 1182年(養和2年)4月5日、江の島では奥州平泉の藤原秀衡を調伏するため文覚が勧請した弁財天の開眼供養が行われました。 源頼朝もそれに立ち会うため、足利義兼・北条時政・新田義重・畠山重忠・下河辺行平・下河辺政義・結城朝光・上総広常・足立遠元・土肥実平・宇佐美実政・佐々木定綱・佐々木盛綱・和田義盛・三浦義連・佐野忠家らを伴なって江の島に出かけています。 そして、鳥居を寄進。 帰りには金洗沢(七里ヶ浜)で牛追物が催され、下河辺行平・和田義盛・小山田重成・愛甲季隆などが褒美を与えられています。 文覚は江の島に籠もり、4月26日、御所を訪れて21日間の断食をして祈りを捧げたことを報告しています。 |
| 江島神社の辺津宮の奉安殿に安置されている八臂弁財天は、頼朝が勧請したものとも言われてきました。 |
| 江島神社の奥津宮にある石鳥居は、頼朝が弁財天を勧請した際に寄進したものと伝えられています。 |
| 午後は片瀬東浜で流鏑馬が催されます。 |
| 江の島は、砂が堆積して湘南海岸と島とが陸続きとなった陸繋島。 鎌倉時代には源頼朝が弁財天を勧請。 江戸時代には、大山・江の島の二所詣が流行し賑わった島。 |





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