鎌倉手帳(寺社散策)

鎌倉の紅葉 鎌倉殿の13人
北条義時 長谷寺紅葉ライトアップ



伝義仲産湯の清水
〜嵐山町:鎌形八幡宮〜


編集:yoritomo-japan.com







義仲産湯の清水


 源(木曽)義仲は、源義賢の次男。

 1154年(久寿元年)、武蔵国比企郡の大蔵館で誕生したと考えられている。

 母は小枝御前(さえごぜん)。

 幼名は駒王丸。

 鎌形八幡神社境内に湧き出す清水は、義仲の産湯に使用されたと伝えられ、鎌形の地には大蔵館の下屋敷があったのだという。

 誕生の翌年、父の義賢が源義平に討たれると、駒王丸は畠山重能(畠山重忠の父)・斎藤実盛らの計らいで信濃国木曽へ逃れ、乳母夫の中原兼遠のもとで育てられた。

 義仲誕生の際には、近隣の七つの清水から産湯を沸かしたと伝えられるが、他の六つは枯れてしまったのだという。



鎌形八幡神社
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源義賢の墓
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木曽義仲の墓
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(大津市・義仲寺)

 1180年(治承4年)に挙兵した木曽義仲

 1183年(寿永2年)3月には、源頼朝と対立するが嫡子義高を人質として鎌倉へ差し出して和睦。

 5月には、倶利伽羅峠の夜戦で平家軍を潰滅させ、7月には平家一門を都落ちさせて入京。

 しかし、翌1184年(寿永3年)正月20日、頼朝が派遣した源範頼源義経によって滅ぼされた(木曽義仲追討)。

 4月には嫡子義高も誅殺されている。

木曽塚
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(鎌倉:常楽寺)
清水八幡宮
リンクボタン清水八幡宮
(狭山市)







大蔵館跡
リンクボタン大蔵館跡

埼玉県比企郡嵐山町大字大蔵

東武東上線武蔵嵐山駅から徒歩25分



大蔵館跡・菅谷館跡MAP
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