奈良・京都

後鳥羽天皇京都文化博物館特別展「よみがえる承久の乱」  武士2022年の大河ドラマは北条義時!  八坂神社八坂神社本殿が国宝に。

巴  塚
〜大津・義仲寺〜

編集:yoritomo-japan.com







巴塚


 木曽義仲の愛妾・巴御前の供養塔。

 巴御前は、義仲の平家討伐に従軍した女武者で、越後国の板額御前とともに女傑の代名詞として知られている。

 『平家物語』は、1184年(寿永3年)1月20日、源頼朝が派遣した源範頼源義経に義仲が敗れると、義仲とともに近江国粟津まで逃げるが、義仲が生き延びるよう懇願したことから、最後の戦で敵将・恩田八郎を討ち取った後、落ち延びたのだと伝えている。

 『源平盛衰記』によると、落ちた後の巴は、鎌倉幕府に召されて侍所別当の和田義盛の妻となって朝比奈義秀を産み、1213年(建暦3年)5月、義盛が北条義時打倒の挙兵をして滅ぼされると、越中国で出家し、91歳まで生きたのだという。

 尼僧となった巴は、義仲の菩提を弔っていたとも伝えられるが、鎌倉幕府の記録『吾妻鏡』に巴の記載はない。


リンクボタン木曽義仲の妾巴御前と戦った畠山重忠


木曽義仲の墓
リンクボタン木曽義仲の墓
(義仲寺)
巴地蔵堂
リンクボタン巴地蔵堂
(義仲寺)


巴御前と木曽義仲の五輪塔
リンクボタン巴と義仲の五輪塔
(小田原:善栄寺)

 小田原の善栄寺は、巴御前木曽義仲和田義盛の菩提を弔うために創建したと伝えられる。







義仲寺
リンクボタン義仲寺

滋賀県大津市馬場1-5-12

JR 「膳所駅」 から徒歩10分
京阪「京阪膳所駅」 から徒歩10分



大津で頼朝・義経・義仲
大きい地図を見るには・・・右上のフルスクリーンをクリック。






奈良・京都

葵祭 祇園祭

中世歴史めぐり