鎌倉手帳(寺社散策)

アジサイ紫陽花シーズン到来ですが・・・

比企能本
鎌倉:妙本寺の開基

編集:yoritomo-japan.com







妙本寺


 妙本寺を創建したという比企能本は、源頼朝の御家人比企能員の末子。

 1203年(建仁3年)、比企一族が滅ぼされた比企の乱が起こったときは2歳だった。

 比企の乱後、出家し京都で順徳天皇に仕え、承久の乱によって配流となった順徳天皇の供をして佐渡にあったが、姪の竹御所(二代将軍源頼家の娘)が四代将軍藤原(九条)頼経の妻となったことから許され鎌倉に戻った。

 日蓮の俗弟子となって、1260年(文応元年)、法華堂を建立し一族の菩提を弔ったといわれ、これが妙本寺の前身であると伝えられている。

 その後、1274年(文永11年)に長興山妙本寺とした。

 山号の「長興」は能員の法名、寺号の「妙本」は能員夫人の法名。


妙本寺


 腰越の本龍寺は、比企高家の屋敷を寺としたといわれているが、高家と能本は同一人物ではないかともいわれている。


妙本寺石碑


比企氏の乱





歴史めぐり源頼朝



妙本寺
リンクボタン妙本寺

 妙本寺は、源頼朝の御家人比企能員邸の跡地に能員の末子能本が建てた寺。
 この地で有力御家人比企氏が滅亡し、二代将軍源頼家の嫡子一幡が焼け死んだ(参考:比企氏の乱)。


鎌倉市大町1−15−1
0467(22)0777

鎌倉駅東口から徒歩8分



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