鎌倉手帳(寺社散策)

渋沢栄一2021年大河「晴天を衝け」
北条義時2022年大河「鎌倉殿の13人」
戌神将二代執権 北条義時



歴史めぐり源頼朝
〜義経と涙の対面〜







  1180年(治承4年)10月20日、富士川の戦いで平家軍を破った源頼朝は、翌日、黄瀬川の宿に戻ります。

 そこへ一人の若者がやってきて頼朝への面会を求めました。

 土肥実平、土屋宗遠、岡崎義実らがこれを怪しみ、取り次ぎをしないでいましたが、この話を聞いた頼朝は「年齢の程を思うと奥州の九郎(義経)かもしれない。すぐに会おう」と言ったといいます。

 土肥実平が若者を請じ入れると、やはり義経でした。

 義経が御前に進むと、互いに往時をしのび、懐旧の涙を流します。

 そして頼朝は、 後三年の役の際に、先祖源義家が苦戦をしていると、弟義光が朝廷警固の官職を辞して奥州に下り、敵を滅ぼすことが出来たという故事を引き合いに出し、

  「今日ここへ来たのは、この先祖の例に匹敵するものだ」

 といって義経の来訪を喜んだといいます。


平家越の碑(富士市)
リンクボタン平家越の碑
(富士市)

頼朝・義経対面石(駿東郡清水町)
リンクボタン頼朝・義経の対面石
(駿東郡清水町・八幡神社)



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源頼朝










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