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東慶寺の阿弥陀如来立像
〜天秀尼の念持仏〜


編集:yoritomo-japan.com







 東慶寺仏殿(泰平殿)に安置されている「阿弥陀如来立像」は、二十世天秀尼の念持仏といわれ、会津若松藩士堀主水の妻なえに与えられたもの。


東慶寺阿弥陀如来像


 城主加藤明成の非を幕府に訴えようとした堀主水となえは、藩を出奔するが、明成に追われ、主水は高野山に逃げ込んだ後、捕らえられ殺された。

 一方、なえは東慶寺に逃げ込んだ。

 なえの引き渡しを求める明成に対し天秀尼は、このことを徳川家光に訴えて明成の四十万石を没収させた。

 事件後、なえは実家へ帰るが、そのとき天秀尼から阿弥陀像を賜ったという。

 その仏像は近年になって東慶寺に返された。







天秀尼
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 二十世天秀尼は、豊臣秀頼の子で徳川二代将軍秀忠の娘千姫の養女(奈阿姫)。

 大坂落城後、千姫の助命嘆願により命を救われた奈阿姫は出家して東慶寺に入った(参考:千姫の墓(京都:知恩院))。







東慶寺
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 東慶寺は、北条時宗の妻覚山尼が開いた。
 かつては、鎌倉尼五山第二位の格式を誇り、夫の横暴に悩む女性の救済場所だった。

鎌倉市山ノ内1367







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