鎌倉手帳(寺社散策)

アジサイ鎌倉のアジサイ  新緑新緑の鎌倉  
    渋沢栄一「晴天を衝け」  武士「鎌倉殿の13人」



大 長 寺
=徳川家康が愛した寺=

編集:yoritomo-japan.com







大長寺


 大長寺(浄土宗)は、1548年(天文17年)、玉縄城主北条綱成によって建立された。

 開山は、綱成が尊崇していた小田原北条氏家臣大道寺氏の一族の感誉存貞。

 本堂には玉縄城の二代城主の為昌夫人の木像が安置されている(為昌は小田原城主北条氏綱の子)。

 当初は「大頂寺」という名であったが、徳川家康の寄進状に「大長寺」と書いてあったため改められたのだという。

 四代目暁誉源栄は、岡崎で松平家菩提寺の大樹寺で修行をしていたため、家康とも親交があったとも伝えられ、度々家康の来訪があった。家康の命により北条氏勝に玉縄城の開城を説得したともいわれている。

 境内には家康お手植えといわれる「銀杏」があったという。


開山 感誉存貞
開基 北条綱成
本尊 阿弥陀三尊


リンクボタン鎌倉の浄土宗の寺






〜家康お杖先の田〜

 大長寺は、北条氏と徳川氏から崇められた格式の高い寺で、特に家康からは多くの寄付があった。

 戦後の農地改革までは、「家康お杖先の田」という農地があって、家康が鷹狩りの際に、門前で杖を振り回して、杖でさされた土地を大長寺に与えたと伝えられている。


大長寺山門
山門
大長寺三つ葉葵
葵紋


 宝蔵には家康とその父松平広忠の位牌、家康像、北条氏康寄進という「倶利伽羅龍の図などが安置されている。

 裏山の墓地には、開基北条綱成夫人の墓、北条氏繁夫人七曲殿の墓など北条一族の墓と伝えられる墓石が残されている。


大長寺宝蔵
宝蔵


今泉・岩瀬の散策(okadoのブログ)






大長寺
大長寺

 本堂へと向う石段は、家康を乗せた駕篭が横になっても上がれるよう幅広く造られている。
 宝蔵には、家康と家康の父松平広忠の位牌と家康像が安置されている。


鎌倉市岩瀬1464
0467(46)4428

大船駅よりバス砂押橋下車徒歩3分



鎌倉:寺社・史跡めぐり
今泉・岩瀬・大船

大きい地図を見るには・・・
右上のフルスクリーンをクリック。




鎌倉:寺社・史跡巡り


鎌倉手帳
(鎌倉情報トップ)


鎌倉ニュース 60年に一度の祭礼
円覚寺洪鐘祭

2022年の大河は北条義時
鎌倉殿の13人 北条義時