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北条義時2022年の大河は「鎌倉殿の13人」  合戦承久の乱  後鳥羽天皇後鳥羽上皇  武士北条義時

吉野山:勝手神社

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吉野山:勝手神社


 孝安天皇6年(紀元前386年)の創建ともいわれるが、詳細は不明。

 社殿背後は袖摺山と呼ばれ、672年(天武天皇元年)、大友皇子に対抗して吉野で挙兵した大海人皇子が社殿で琴を奏でたところ、裏山から天女が舞い降り、吉兆を示したのだと伝えられている。

 2001年(平成13年)に不審火で焼失したため、御神体は吉水神社に遷座している。


吉野山:勝手神社
静御前の舞塚

 1185年(文治元年)の暮れ、吉野山で愛する源義経と別れた静御前は、従者に金銀を奪われ山中を彷徨っているところを金峯山寺の僧兵に捕えられて、勝手神社の社殿の前で舞い、荒法師たちを感嘆させたのだという。






鎌倉で義経を慕う舞・・・

静の舞
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 吉野山 峰の白雪 ふみわけて
 入りにし人の 跡ぞ恋しき


 しづやしづ しづのをだまき くり返し
 昔を今に なすよしもがな


 吉野山で捕えられ、鎌倉へ送られた静御前は、鶴岡八幡宮で義経を慕う今様を唄いながら舞った。


静の舞



〜吉野山の義経伝説〜

佐藤忠信花矢倉
リンクボタン佐藤忠信花矢倉
義経隠れ塔
リンクボタン義経隠れ塔

 花矢倉は、義経の郎党佐藤忠信が義経一行を落ち延びさせるため囮となって戦った場所。

 義経隠れ塔は、蔵王堂の僧兵の山狩りから逃れるため、義経が身を隠したと伝えられている堂。







源義経

静の舞

源義経をめぐる京都

歴史めぐり源頼朝



勝手神社
勝手神社

 奈良県吉野郡吉野町吉野山2354

 吉野大峯ケーブル自動車「吉野山駅」から徒歩20分。


吉野山
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吉野山
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