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後鳥羽天皇京都文化博物館特別展「よみがえる承久の乱」  武士2022年の大河ドラマは北条義時!  八坂神社八坂神社本殿が国宝に。

平清盛塚
〜京都:六波羅蜜寺〜


編集:yoritomo-japan.com







京都:六波羅蜜寺平清盛塚


 平清盛は、伊勢平氏の棟梁平忠盛の嫡子。
 
 1156年(保元元年)の保元の乱で、源義朝とともに戦い勝利をおさめて栄達の基礎をつくりあげ、1159年(平治元年)の平治の乱義朝を破って武家政権樹立の基礎を築きあげた。

 その後、昇進を続けた清盛は、武士としてははじめてとなる太政大臣にまで昇り、「平氏にあらずんば人にあらず」とまで言わせ、一門による独裁政権を実現した。

 しかし、後白河法皇と対立、次第に反平氏勢力が大きくなる中の1181年(治承5年)閏2月4日、九条河原の平盛国邸(清盛の側近)で亡くなった(享年64歳)。

 この前年には、平治の乱で伊豆国の蛭ヶ小島へ流した源頼朝が挙兵している。


リンクボタン平重衡の南都焼討

リンクボタン平清盛の死







〜白河法皇の御落胤説〜

 古くから白河法皇の落胤とする説があって、『平家物語』によれば、白河法皇の寵愛をうけた祇園女御が産んだ子であるという。

 一方、近年では、祇園女御の妹が産んだ子だともいわれている。

 京都御苑にある厳島神社は、清盛が母・祇園女御のために建てたものだという。


京都御苑:厳島神社
リンクボタン厳島神社

(京都御苑)






歴史めぐり源頼朝



京都:六波羅蜜寺
リンクボタン六波羅蜜寺

 六波羅蜜寺は、空也上人によって開かれた西光寺を前身としている寺。
 平安時代後期には、平清盛をはじめとする平家一門の屋敷が建ち並んでいた。


京都市東山区松原通大和大路東入2丁目轆轤町

京阪「清水五条駅」から徒歩5分
JR京都駅から市内循環バス「清水道」下車徒歩5分。



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