鎌倉手帳(寺社散策)

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法 勝 寺
〜大蛇伝説と源義朝の沼浜亭〜

編集:yoritomo-japan.com








逗子・法勝寺


 法勝寺は、もともとは、天台宗の寺だったが、1295年頃、日範によって日蓮宗に改宗されたといわれている。

 その昔、七つの頭を持った大蛇がいて、人々を苦しめていたのを、神武寺岩殿寺を訪れていた行基が退治したという伝説が残され、そのときに行基によって彫られたのが、本堂に安置されている十一面観音像だという。





〜源義朝の沼浜亭〜

 法勝寺のある沼間は、かつては「沼浜郷」と呼ばれ、『倭名類聚抄』にも鎌倉郡の一つの郷として記されている地域。

 源頼朝の父義朝の沼浜亭が法勝寺の辺りであったといわれ、沼間の鎮守五霊神社義朝が勧請したと伝えられている。

 『吾妻鏡』には、北条政子が沼浜亭の屋敷を亀谷に移し、壽福寺に与えたことが記されている。

 近くの光照寺は、義朝の長子悪源太義平の菩提寺といわれ、義平の生誕地は法勝寺だという伝承が残されている。



源義朝墓(野間大坊)
リンクボタン源義朝最期の地
(愛知県美浜町) 



リンクボタン逗子沼間(沼浜)の史跡巡り

リンクボタン源義朝の旧跡に創建された寺
(鎌倉:寿福寺)

リンクボタンたった八騎で都を落ちた源義朝








歴史めぐり源頼朝




逗子・法勝寺
法勝寺

逗子市沼間4-1-1

JR横須賀線東逗子駅より徒歩10分



逗子沼間の史跡めぐり
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