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無量光院は、藤原秀衡が京都の平等院を模して建立した寺院で、毛越寺に対して新御堂と称されていた。 度重なる火災により、今日では土塁や礎石を残すのみとなったが、夕日が背後の金鶏山へ沈むように設計され、園池に浮かぶ大小3つの島に翼廊付の仏堂と拝所・ 舞台が配された庭園は、浄土庭園の最も発展した形態と考えられ、最高傑作といわれている。 「平泉〜仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群〜」の構成資産の一つとして世界文化遺産に登録されている。 |
平等院は、藤原頼通が建てた寺で、鳳凰堂(阿弥陀堂)は、西方極楽浄土を表現したもの。 |
鎌倉の永福寺は、源頼朝が平泉の寺院を模して建立した。 |
『吾妻鏡』によると、無量光院本尊は丈六の阿弥陀。 堂内の四方の扉には、観無量寿経の大意や秀衡の狩猟の様子が描かれ、三重の宝塔や院内の装飾は、全て宇治の平等院を模していたという。 下の図は、紺紙金字経に描かれた「狩猟の図」(中尊寺・大長寿院蔵)。 |
『吾妻鏡』によると、1189年(文治5年)9月17日、中原親能と比企朝宗から清衡・基衡・秀衡の三代が建立した堂塔の説明を受けた源頼朝は、平泉の寺院の領地は先例のとおり寄付することとし、たとえ堂塔がなくなってしまっている土地であっても地頭が占領することを禁ずることを命じた。 その旨は、円隆寺の南大門に貼り紙されたのだという。 |
岩手県西磐井郡平泉町平泉伽羅楽108−1 JR平泉駅から徒歩10分程度 |
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