鎌倉手帳(寺社散策)

向 福 寺
=「丹下左膳」の作者ゆかりの寺=

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向福寺


 向福寺(時宗)は、『丹下左膳』の作者林不忘(長谷川海太郎)が新婚生活を送ったといわれる寺。

 開山の一向は、時宗開祖の一遍同様に各地を遊行し、踊念仏によって教えを広めた。

 1923年(大正12年)の関東大震災によって、文政年間に建てられた本堂と表門が倒潰してしまった。

 現在の本堂は1930年(昭和5年)に再建されたもの。

 本尊の阿弥陀三尊像は南北朝時代の作といわれ、聖観音像は鎌倉観音巡礼第15番札所となっている。


リンクボタン鎌倉観音巡礼第15番札所
(聖観世音)

開山 一向
本尊 阿弥陀三尊


リンクボタン時宗総本山遊行寺(清浄光寺)

リンクボタン鎌倉の時宗の寺





〜林不忘〜

 『丹下左膳』で知られる林不忘(本名:長谷川海太郎)は、1926年(大正15年)、材木座に移り住み、向福寺の一室で新婚生活を送った。

 鎌倉では、笹目や雪ノ下などに住み、谷譲次、牧逸馬というペンネームも併せ持って、多くの作品を発表した。

 1935年(昭和10年)、鎌倉の自宅で35歳という若さで亡くなった。喘息の発作が原因だったという。

 妙本寺祖師堂横に墓がある。


長谷川海太郎の墓
リンクボタン長谷川海太郎墓
(妙本寺)


リンクボタン鎌倉の寺院と文学者



〜一遍と一向〜

 一遍と一向は、ともに各地を遊行し踊り念仏を修したことから、一向の「一向宗」と一遍の「時宗」が混同されるようになった。

 一向宗というと親鸞が開祖の浄土真宗もそう呼ばれているが、江戸時代に、一向の一向宗は時宗に統合され、一方、浄土真宗には一向宗の名が許された。

 昭和に入って、宗教団体法が施行されたことにより、一向宗と時宗は別々のものとされ、多くの寺院が時宗から一向の母体である浄土宗へ帰属したということである。






向福寺

鎌倉市材木座3−15−13
0467(22)9498

鎌倉駅東口より徒歩25分



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