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曽我五郎時致の恋物語
〜鎌倉七口:仮粧坂〜

編集:yoritomo-japan.com







仮粧坂


 鎌倉七口の一つ仮粧坂は、藤沢・戸塚に通ずる要路。

 鎌倉時代には多くの人々の往来で賑わったものと考えられている。


『曽我物語』によると・・・

 仮粧坂の下には「曽我兄弟の仇討ち」で知られる曽我五郎時致が通ったという娼家があった。

 仮粧坂下の遊女に恋をした時致だったが・・・

 その遊女のもとへは梶原景季も通っていた。

 ある日、景季がほかの男の話などをして遊女を困らせてしまうことがあった。

 すると、遊女は人前に出ること止めてしまったのだとか。

 そうとは知らず時致が娼家を訪ねると、遊女は好いていた時致にも会わなかったのだという。

 遊女の友人が言うには 「景季の虜になってしまった」 とのこと。

 信じられない時致だったが、

 「あふと見る夢路にとまる宿もがな つらきことばにまたもかへらん」

 という恋歌を残して去っていった。

 しばらくして、この歌をみた遊女は後悔して泣き崩れ、仏門に入り出家。

 遊女が出家したことを聞いた時致は、

 「自分の想い人が出家した今、思い悲しむことはなくなった」

 として、父の仇工藤祐経を討つことに邁進したのだという。


〜曽我兄弟の仇討ち〜

 1193年(建久4年)、源頼朝富士裾野の巻狩りを開催。

 牧狩りが催されている最中の5月28日、曽我兄弟は仇討ちを決行し、見事に工藤祐経を討ちとった。

 しかし、兄十郎祐成は仁田忠常に斬られ、弟十郎時致は御所五郎丸に捕らえられたのち梟首された。


工藤祐経の墓
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(富士宮市)
曽我兄弟の墓
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(富士宮市)


富士裾野の巻狩り

曽我兄弟の仇討ち

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仮粧坂
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