鎌倉手帳(寺社散策)

北条守時の墓
〜鎌倉:浄光明寺〜

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北条守時の墓


 北条守時は、鎌倉幕府の最後の執権(十六代)。

 北条氏赤橋流だったことから、赤橋守時とも呼ばれる。

 父は、浄光明寺の本尊・阿弥陀三尊を造立した北条久時。


守時系図


 1326年(正中3年)3月、嘉暦の騒動によって第十六代の執権に就任するが、実権は得宗家に握られていた。

 守時の妹は、足利高氏(尊氏)に嫁いだ登子。

 1333年(元弘3年)、高氏が鎌倉幕府を裏切ると、高氏の外戚であることから守時の幕府での立場が悪化。

 新田義貞が鎌倉へ進撃してくると、巨福呂坂防衛のため出撃するが、激戦の末、洲崎で最期を遂げた(1333年(元弘3年)5月18日)。


洲崎古戦場跡碑
リンクボタン洲崎古戦場跡
陣出の泣塔
リンクボタン陣出の泣塔

 1333年(元弘3年)5月、新田義貞の鎌倉攻めによって鎌倉幕府は滅亡。

 現在の寺分・梶原・山崎一帯は洲崎と呼ばれ、最後の執権赤橋守時が奮戦し討死した古戦場。

 寺分にある泣塔は、この戦いの戦死者を供養するために建てられという。


鎌倉幕府滅亡

新田義貞の鎌倉攻め







北条氏をめぐる鎌倉
(北条氏ゆかりの寺社・史跡)



浄光明寺
リンクボタン浄光明寺

 浄光明寺は、1251年(建長3年)、北条長時(のちの六代執権)によって再興された真言宗の寺。
 足利尊氏直義兄弟にゆかりのある寺でもある。


鎌倉市扇ガ谷2−12−1
0467(22)1359

鎌倉駅西口から徒歩15分



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