中世歴史めぐり

鎌倉殿の13人 二代執権北条義時
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西行の歌碑
〜平泉:中尊寺〜

編集:yoritomo-japan.com







中尊寺西行歌碑


 中尊寺の東物見台にある西行の歌碑。

 「きゝもせず 束稲やまのさくら花 よし野のほかに かゝるべしとは」

 西行は、藤原秀郷の子孫で北面の武士として鳥羽上皇に仕えた佐藤義清という武士だった。

 出家後、平泉を二度訪れている。

 一度目の時期は不明だが、二度目は1186年(文治2年)8月から9月のこと。

 この時は、東大寺再建の勧進のための旅で、その途中、鎌倉の鶴岡八幡宮に立ち寄り、源頼朝に面会したことで知られている。



束稲山
北上川と束稲山
高館義経堂からの景色)

 かつて束稲山(たばしねやま)には、藤原清衡の祖父安倍頼時の時代に一万本の桜の木が植えられたのだという。

 「きゝもせず 束稲やまのさくら花 よし野のほかに かゝるべしとは」

 西行は「吉野のほかにこんな名所があるとは」と驚いているので、一度目に平泉を訪れたのは春だったのかもしれない。



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歴史めぐり源頼朝



中尊寺本堂
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 中尊寺は奥州藤原氏の栄華を伝える寺院。
 2011年(平成23年)、「平泉〜仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群〜」として世界文化遺産に登録されている。


岩手県西磐井郡平泉町平泉衣関202

JR平泉駅から徒歩25分程度



奥州藤原氏の栄華と
源頼朝・源義経をめぐる平泉

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奥州平泉
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