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| 浄明寺と大町を結ぶ「釈迦堂トンネル」(釈迦堂切通)の東側は、かつて北条時政の名越亭があったところとされていた遺跡(大町釈迦堂口遺跡)。 その裏門の切通から少し下がったところに「唐糸やぐら」がある。 |
| 唐糸やぐらは、木曽義仲が源頼朝のもとに送り込んだ唐糸が幽閉されていたという伝説が残されたやぐら。 内部の壁には檀が掘り出され、床面の浅い溝で囲まれた50センチ四方の区画には石塔が置かれていたものと考えられている。 |
| 伝説!唐糸草子 |
| 源頼朝の従兄弟である木曽義仲は、頼朝の様子をうかがうため、琵琶と琴の名手だった唐糸(義仲の家臣・手塚太郎光盛の娘)を鎌倉に送り込んだ。 唐糸は、頼朝が義仲を討とうとしていることを知ると、頼朝を暗殺しようと企てるが、頼朝に覚られ、釈迦堂近くの「やぐら」に幽閉されてしまう。 それを救ったのが唐糸の娘の万寿姫で、万寿は頼朝に仕えると鶴岡八幡宮に奉納する舞の舞姫に選ばれ、その舞が頼朝に気に入られた。 頼朝の「何でも望みのものをやる」との言葉に、「母親を助けてほしい」と頼んだそうである。 頼朝は驚いたが、その願いを聞き入れたのだという。 |
| 許された唐糸と万寿は、諏訪にある手塚光盛の霞ヶ城の一角に館を建てて暮らしたと伝えられ、その地には供養塔が建てられている。 |
| 唐糸やぐらの隣にある地蔵菩薩坐像が安置されたやぐら。 地蔵菩薩は岩盤に直接彫られたもので像高は1.2メートル。 |
| 地蔵やぐらの手前に置かれた鎌倉石製の五輪塔には、阿弥陀如来を表す種子(梵字)が刻まれている。 |
| 釈迦堂トンネル(洞門)挟んで反対側には、七基のやぐらが並び、その中には内部に丸い穴が掘られた「日月やぐら」がある。 |
| 北条時政の名越亭の裏門とされていた切通。 2008年(平成20年)の発掘調査の結果、唐糸やぐらのある場所は名越亭ではなかったことが判明し、大町釈迦堂口遺跡として国の史跡に指定されている。 |
| 釈迦堂切通は岩を掘り抜いたトンネル(洞門)。 |
〜かつて鎌倉にあった寺院の遺跡?〜 |
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