中世歴史めぐり

徳川氏発祥の地 松平氏発祥の地
家康生誕地 東照宮

徳川家康



三河一向一揆
〜徳川家康 対 一向宗〜


編集:yoritomo-japan.com








 桶狭間の戦い後、今川氏から独立した松平家康(徳川家康)が三河国統一のため、不入特権を有していた三河三ヶ寺(本證寺・上宮寺・勝鬘寺)と対立して起こったのが三河一向一揆。


 三河三ヶ寺は、浄土真宗の本願寺教団の拠点。


 1563年(永禄6年)、家康が不入特権を侵害したとして、三河三ヶ寺と本宗寺の門徒が一斉に蜂起。

 本多正信・蜂屋貞次・夏目吉信ら松平氏家臣の多くも門徒側に加担し、岡崎城にまで攻め上ったのだという。

 窮地に追い込まれた家康だったが、翌年1月の馬頭原合戦で和議に持ち込み、一揆の解体に成功。

 その後、家康は本願寺の寺院に対して厳しい弾圧をかける一方で、一揆に加担した家臣に対しては寛大な取り計らいをしたのだという。

 三河一向一揆は、三方ヶ原の戦い伊賀越えと並んで家康の三大危機とされる。


 酒井忠尚は家康に反旗を翻して挙兵し、一揆にも加わったといわれるが、忠尚が一揆と連絡をとっていた形跡はないのだという。

 本多正信ら本多一族が家康に反旗を翻す中、本多忠勝は家康に付いて戦っている。





岡崎城
リンクボタン岡崎城

 岡崎城は、徳川家康が誕生した城。

 桶狭間の戦い後、今川氏に支配されていた岡崎城を奪還した家康は、織田信長と清州同盟を結び三河国支配へと動き出した。









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