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星 ノ 井
〜鎌倉十井〜

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星ノ井


 虚空蔵堂の下にある「星ノ井」は、別名「星月ノ井」又は「星月夜ノ井」と呼ばれ、鎌倉十井の一つ。

 この辺りは山深く、うっそうと木々が繁り、昼でも暗かったため、井戸を覗くと星が輝いて見えたという伝説からこの名がある。

 行基が井戸から出てきた光り輝く石を虚空蔵菩薩の化身と思い、お堂を建て虚空蔵菩薩を祀ったのが現在の虚空蔵堂といわれる。

 「星ノ井」は、鎌倉江ノ島街道の極楽寺切通(極楽寺坂)の下にあるということで、明治時代の井戸付近は茶店で賑わい、大正時代には茶店はなくなったものの、通行人に水を販売していたという。

 昭和に入り水道が普及したことから、このような光景は見られなくなった。





虚空蔵堂
リンクボタン虚空蔵堂


 聖武天皇の時代、行基は全国行脚の途中、ここで頭脳明晰、記憶力増進をかはる虚空蔵求聞持法の修行した。

 そのときに、井戸の中に三つの明星が輝き、夜も付近を照らした。

 この現象が七夜も続いたため、村人の力を借りて、井戸水を汲み出してみると黒く輝く石があった。

 行基は「虚空蔵菩薩が石になって降りてこられた」と思いついた。

 そのことは、都の聖武天皇の耳にも入り、行基に虚空蔵菩薩の像を造って祀るように命じたという。

 星ノ井の上にある虚空蔵堂(星井寺)は、行基が彫った虚空蔵菩薩が祀られている御堂といわれている。

 虚空蔵堂では、毎年1月13日に盛大な「護摩焚き供養」が行われる。









星ノ井石碑


 「星ノ井」のある坂ノ下は、かつては「星月夜」と呼ばれていたのだという。

 「われひとり鎌倉山をこえゆけば星月夜こそうれしかりけり」という古歌にも詠まれ、鎌倉の枕詞となっている。

 法印堯慧という僧は、「極楽寺にいたるほどにいとくらき山間に星月夜というところあり」と『北国紀行』に記している。

 また、「今もなお星月夜こそのこるらめ寺なき谷の闇のともし火」と詠んだのだという。





『新編鎌倉志』には・・・

「土地の言い伝えでは、昔は井戸の中に輝く星が見えたが、ある女が水を汲もうとしたときに包丁を落としてしまい、その後星が見えなくなった」と記されている。


★『新編相模国風土記稿』には・・・

1600年(慶長5年)6月、京からの帰りに徳川家康が星月夜ノ井に立ち寄ったという記録が残されている。


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星の井通り 

極楽寺切通



星の井通り
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星ノ井

鎌倉市坂ノ下・虚空蔵堂前

最寄り駅:江ノ電「極楽寺駅」又は「長谷駅」


江ノ電で鎌倉



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