中世歴史めぐり

住吉大社の誕生石
〜島津忠久誕生地〜

編集:yoritomo-japan.com







住吉大社誕生石


 伝説によると・・・

 源頼朝に仕えていた丹後局が頼朝の子を身籠もると、怒った北条政子畠山重忠に殺すよう命じた。

 重忠は家臣の本多次郎近常(親恒)に命じて丹後局を由比ヶ浜に誘い出すが、殺すことはできず、身代わりを立てて逃がしたのだという。

 そして、丹後局は摂津国住吉に辿り着き、無数の狐火に導かれて住吉大社に至ったのだという。

 社頭で産気づいた丹後局は、傍らの大石を抱きながら男児を出産。

 のちに頼朝は、その子に薩摩・大隅二か国を与えた。

 それが島津氏の祖・島津忠久なのだとか。

 忠久の「忠」は、畠山重忠の一字を与えられたのだとも伝えられている。


忠久の妻は畠山重忠の娘と伝えられている。


住吉大社誕生石





〜神奈川に残された丹後局伝説〜

懐嶋山の碑
リンクボタン懐嶋山の碑
(茅ヶ崎市)
厚木:小町神社
リンクボタン小町神社
(厚木市)

 茅ヶ崎市の「懐嶋山の碑」は、「えな塚」とも呼ばれ、源頼朝と丹後局との間に生まれた子の胎盤(胞衣(えな))が納められたと伝えられている。

 厚木市の小町神社は、北条政子に殺されそうになった丹後局が、逃れた地で建立したという社。







歴史めぐり源頼朝



住吉大社
リンクボタン住吉大社

 住吉大社は、摂津国一之宮。源頼朝にもゆかりのある神社。



四天王寺・住吉大社
大きい地図を見るには・・・
右上のフルスクリーンをクリック。






中世歴史めぐり

源頼朝をめぐる大阪