中世歴史めぐり

善光寺大本願

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善光寺大本願表書院


 善光寺大本願は、善光寺の本尊「一光三尊阿弥陀如来像」(善光寺如来)が遷座された642年(皇極天皇元年)から続く尼僧寺院。

 皇極天皇の命により蘇我馬子の娘・尊光によって開かれた。
 
 代々の住職は公家から迎えられ、善光寺上人と呼ばれる。

 善光寺上人とは、宮中から上人号と紫衣の着用が勅許された称号で、尼僧では伊勢の慶光院、熱田の誓願寺とともに日本三上人と称されていたが、現在では善光寺上人のみがその法燈を伝承している。

 戦国時代、武田信玄によって善光寺如来が甲斐に移され(甲斐善光寺)、武田氏滅亡後は各地を転々とする中、大本願の尼僧は善光寺如来に付き従い、本尊不在の寺地は大勧進の僧が守っていたのだという。

 1876年(明治9年)、大勧進を天台宗、大本願を浄土宗とする寺務分掌が行われ、大本願は1954年(昭和29年)に浄土宗の大本山となった。

 現在の善光寺は、天台宗の大勧進と浄土宗の大本願により運営されるが、善光寺上人は、大勧進貫主とともに善光寺の住職を勤めている。

 善光寺山内には大本願が管轄する14坊があって、大勧進の25院とともに宿坊が営まれている。


善光寺大本願本誓殿



芭蕉句碑
月影や四門四宗も只一つ

1688年(元禄元年)、『更科紀行』の旅で善光寺を参詣した松尾芭蕉が詠んだ句。
 四つの門、四つの宗派に分かれているといっても、その帰するところは一つ。


善光寺大本願文殊堂
文殊堂
文殊菩薩・普賢菩薩を祀る堂


善光寺大本願本理院殿地蔵
本理院殿地蔵

かつて、善光寺にあった霊屋には、徳川三代将軍家光の御台所・孝子(本理院殿)の遺骨の一部が納められていたが焼失したため、1832年(天保3年)、大奥18名によってこの地蔵尊が奉建された。


善光寺大本願ひとにぎり地蔵尊
ひとにぎり地蔵尊

 2012年(平成24年)に建立された地蔵尊。
 辛いとき、悲しいとき、苦しいときに左手でひとにぎりすれば、安らぎとみなぎるパワーが頂けるという。







歴史めぐり源頼朝



信濃善光寺
リンクボタン信濃善光寺

 信濃善光寺の本尊「一光三尊阿弥陀如来像」は、三国渡来の絶対秘仏で、日本最古の仏像。
 鎌倉時代には源頼朝も参詣したと伝えられている。


長野県長野市元善町491

JR長野駅からバス「善光寺大門」下車。
善光寺大門から本堂まで徒歩15分。



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