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後鳥羽上皇 二代執権北条義時



鹿苑寺の舎利殿
(金閣)

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鹿苑寺舎利殿


 鹿苑寺の「金閣」(舎利殿)は、室町幕府三代将軍の足利義満によって建てられたもので、1397年(応永4年)から建設が始まり、1408年(応永15年)には完成していたものと考えられている。
 
 一層は「寝殿造り」で『法水院』(ほっすいいん)、二層は「武家造り」で『潮音洞』(ちょうおんどう)、三層は「禅宗仏殿造り」で『究竟頂』(くっきょうちょう)と呼ばれ、それぞれの層で異なる様式が採用され、それを見事に調和させた室町時代を代表する建築物。

 二層と三層には漆地に純金の箔が貼られ、屋根は椹(さわら)のこけら葺、頂上には金銅製の鳳凰が置かれている。 



一層の「法水院」

 一層の「法水院」(ほっすいいん)には、宝冠釈迦如来像、と足利義満坐像が安置されている。


二層の「潮音洞」

 二層の「潮音洞」(ちょうおんどう)には、岩屋観音坐像と四天王像が安置されている。


三層の「究竟頂」

 三層の「究竟頂」(くっきょうちょう)は、仏舎利を安置する所。



鳳凰

 頂上には金銅製の鳳凰が置かれている。

 中国では、皇帝の居所に鳳凰が置かれ、日本でも天皇、摂関家、将軍の居所には鳳凰が置かれていた。

 鳳凰は、聖天子(徳の高い天子)が現れると姿を現すという想像上の鳥。









 金閣は国宝に指定されていたが、1950年(昭和25年)7月2日未明、学僧の放火により全焼。

 足利義満像(国宝)、運慶作と伝えられた観音菩薩像、春日作の夢窓疎石像をはじめとする仏像も焼失した。

 現在の金閣は、1952年(昭和27年)3月22日から3年の月日をかけて再建された建物で、1955年(昭和30年)10月10日に落慶法要が行われた。

 慈照寺観音殿(銀閣)、西本願寺の飛雲閣とともに「京の三閣」の一つに数えられている。


鹿苑寺舎利殿


びっくり 祇園には金閣・銀閣に次ぐ銅閣が建てられた!









金閣寺
リンクボタン鹿苑寺

 鹿苑寺は、室町幕府三代将軍足利義満の山荘「北山殿」をその前身とし、義満の死後、遺言により禅寺となった。
 臨済宗相国寺の境外塔頭。
 舎利殿の「金閣」は北山文化を象徴する建物。


京都市北区金閣寺町1

市バス「金閣寺道」



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