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往生極楽院

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往生極楽院


 三千院の往生極楽院は、986年(寛和2年)に恵心僧都源信が父母の菩提のため、姉の安養尼とともに建立したと伝えられている。

 元来、三千院と往生極楽院は別の寺院で、1871年(明治4年)に梶井門跡のが大原に移転したことにより、その境内に取り込まれたもの。

 安置されている阿弥陀三尊像は国宝。



往生極楽院 阿弥陀三尊
阿弥陀三尊

 阿弥陀三尊像は、平安時代に定朝によって確立された優美で温和な仏像の様式(定朝様)。

 脇侍の観音菩薩と勢至菩薩は、正座の状態から両足のつま先を立てて少し前かがみになった「大和坐り」といわれる珍しい坐り方。

 往生する人々を極楽浄土へ迎え入れるその一瞬の様子を表している。


往生極楽院 勢至菩薩
勢至菩薩
往生者を迎える姿

往生極楽院 観音菩薩
観音菩薩
往生者を蓮台に乗せる姿





〜比叡山で修行した源信〜


延暦寺恵心堂
リンクボタン恵心堂
(比叡山)

 比叡山横川にある恵心堂は、藤原兼家道長の父)の創建。

 恵心僧都源信が修行し、『往生要集』を著したことで浄土信仰発祥の地といわれる。



宇治:恵心院
リンクボタン恵心院
(宇治市)
浮御堂
リンクボタン浮御堂
(大津市)


 源信は、紫式部『源氏物語』の最後の十帖「宇治十帖」(手習の巻)に登場する横川の僧都のモデルとも言われる。

 宇治の恵心院は源信が再興した寺。

 紫式部が越前に下る際に渡った琵琶湖に浮かぶ浮御堂は、源信が創建した満月寺の堂。





〜実は真如房尼の創建〜

 吉田経房の日記『吉記』によると・・・

 往生極楽院は真如房の創建。

 真如房は藤原実衡の妻で、亡き夫の供養のために常行三昧堂を建立したという説がある。

 また、阿弥陀三尊の勢至菩薩像の胎内から久安4年(1148年)の墨書が発見されている。

 吉田経房は真如房の甥といわれ、伊豆守になったことから源頼朝やと北条時政と親交があり、鎌倉幕府の初代関東申次職に就いた公卿。









歴史めぐり源頼朝




三千院
リンクボタン三千院

京都府京都市左京区大原来迎院町540

京都駅または国際会館駅から京都バスで大原下車



大原
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