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西金堂跡
奈良:興福寺

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興福寺西金堂跡


 興福寺の西金堂(さいこんどう)は、734年(天平6年)、光明皇后が母・橘三千代の一周忌に際し、その冥福を願って創建した。

 中金堂の西の金堂。

 本尊の釈迦如来像、薬王・薬上菩薩像、梵天・帝釈天像、十大弟子像、八部衆像、金剛力士像、四天王像などが安置されていた。

 度重なる焼失と再建を繰り返してきたが、1717年(享保2年)の焼失後は再建されていない。


光明皇后・・・

興福寺を創建した藤原不比等の娘。
東大寺を創建し大仏を造立した聖武天皇の皇后。






木造仏頭

 西金堂の本尊丈六釈迦如来像の頭部。1189年(文治5年)頃の作で、仏師運慶の手によるものと伝えられている(重要文化財・国宝館に安置)。

 脇侍の薬王・薬上菩薩像は、中金堂に安置。


乾漆造阿修羅像

 阿修羅像は、西金堂に安置されていた八部衆像の一人。奈良時代のもので国宝。

 現在は国宝館に安置。 


興福寺阿修羅像







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興福寺
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 興福寺は、平城京遷都の710年(和銅3年)に創建された藤原氏の氏寺。
 平安時代には南都七大寺に数えられ、古代・中世を通じて大和国を支配した。


奈良市登大路町48番地

JR奈良駅から市内循環バス「県庁前」下車すぐ。
近鉄奈良駅から徒歩5分。

世界 興福寺は世界文化遺産
(古都奈良の文化財)



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