鎌倉手帳(寺社散策)

梶原景時父子の墓
〜静岡:梶原堂〜


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梶原景時一族の供養碑
梶原景時父子の墓

 梶原景時父子の終焉の地・梶原山にあった石塔群。

 五輪塔は供養塔で、宝篋印塔は左から景時、嫡男景季、次男景高の墓で一番右は不明。

 1200年(正治2年)1月20日、景時景季、景高は、梶原山で自刃したのだと伝えられている。


梶原景時の変

梶原景時・景季の最期



梶原堂


 梶原堂は、南北朝期に梶原景時の八代目の子孫景慶が、矢崎山の中腹に景時を本尊として建立した龍泉院という寺だった。

 龍泉院は、1822年(文政2年)に焼失。

 その後再興されたが、1871年(明治4年)に龍泉院は廃寺となり、1962年(昭和37年)には矢崎山が開発によって削られることとなったため、梶原堂は現在地に移転。

 龍泉院の名は、梶原景時の法号が「龍泉院梶勝源公」に因むものだったのだという。

 景時の守護仏だったと伝わる毘沙門天像、源頼朝と景時の位牌、如意輪観音像が安置されている。


梶原堂:毘沙門天






〜梶原景時終焉の地をめぐる〜

梶原山
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(梶原山)
矢射タム橋の碑
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(瀬名川古戦場)

高源寺
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(景時一族供養塔)

曲金観音堂
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(狐ヶ崎古戦場)
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(狐ヶ崎古戦場)



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梶原堂
梶原堂

静岡市清水区大内841ー64

御門台駅から徒歩25分
草薙駅から徒歩30分



梶原景時終焉地
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