鎌倉手帳(寺社散策)

来 福 寺
〜東京都品川区〜

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品川:来福寺


 990年(正暦元年)、智弁が創建したとされる寺。

 真言宗智山派。

 本尊の延命地蔵は、1501年(文亀元年)、梅巌という僧が、源頼朝が戦没諸兵の供養のために写経を埋めたという納経塚を通りかかったところ、読経の声が聞こえ掘り出されたものといわれている。

 そのため別名「経読地蔵」とも呼ばれている。

 来福寺の地蔵信者の間では桜の木を寄進するという風習があり、江戸時代には桜の名所として知られるようになったといわれているが、太平洋戦争で寺は焼け落ち、桜の木は失われてしまったため、当時を面影を感じることはできない。 






品川:来福寺
雪中庵蓼太句碑

 雪中庵蓼太は江戸中期の俳人で、松尾芭蕉に心酔し、奥の細道を巡るなど34回の旅を重ね、200あまりの句集を残した。

 句碑は、蓼太の死後、弟子たちによって建てられたもので、「世の中は三日見ぬ間の桜かな」と刻まれている。


品川:来福寺
林浄因の碑

 林浄因は、室町時代初期に、日本に饅頭の製造法を伝えた中国人。

 和菓子の老舗「塩瀬」の始祖。



〜梶原景季の伝説〜

 頼朝の重臣梶原景時の子景季は、本尊の経読地蔵を信仰し、境内には景季が植えた「延命桜」と「梶原の松」があったと伝えられている。

 しかし、実際に信仰していたのは、小田原北条氏の時代に馬込に勢力を張った梶原一門であり、のちに、鎌倉時代の梶原景時景季と結びつけて考えられるようになったと考えられている(参考:万福寺(大田区))。

 近くには、梶原稲荷神社があるが、ここも来福寺の寺領だった。


(参考)
鎌倉・仏行寺
リンクボタン仏行寺
(鎌倉)
源太塚
リンクボタン源太塚
(鎌倉仏行寺)







品川:来福寺
来福寺


東京都品川区東大井3−13−1

京急「立会川駅」から徒歩


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